#青春リクエスション
もう一度椅子を取りに行こうとステージ前に戻ると、体育館の袖から馬渕先輩がマイクスタンドを運んできた。

「花絵、マイクテストってした方がいいっけ?」

「そうね、一応しといた方がいいんじゃない?たぶん大丈夫だと思うけど」

それに凛空ちゃんが目を輝かせた。

「マイクテスト俺やりたいです!やらせてください!」

すぐに走って馬渕先輩の元へ駆け寄った。
挙手制のマイクテストなんて初めて聞いたけど、凛空ちゃんのあまりに熱いマイクテストへの思いに馬渕先輩がマイクを渡した。

「1回マイクで喋ってみたかったんすよねー!あ、ここ電源ですか?入れたら喋っていいんですか?」

カラオケとかでマイク持つ機会あると思うけどな、なんて思ったことは置いといて…見るからにウキウキしてる凛空ちゃんがカチッとマイクの電源を入れた。

「マイクチャックしまーす!あー、あー、チャック、チャック…!」

体育館中、なんなら外にも聞こえていたかもしれない。

「凛空恥ずかしいからすぐ電源切れ!」

「え、なんでっすか?」

「あ、俺の声も入っちゃったじゃねぇーか!」

キョトンとする凛空ちゃんからマイクを奪い取って馬渕先輩が電源を切った。
わかっていないのは凛空ちゃんだけで、生徒会の大失態が体育館の外まで広がってしまった。


うわー…また花絵先輩に怒られるー…


と、思っていたのに。

「ふっ、有末くんってたまにおもしろいわよね」

予想外にもくすくすと声を出して笑っていた。
目を細め、慎ましく手のひらで隠した口元から可愛い八重歯が見え隠れする。

花絵先輩が笑ってるの久しぶりに見たかも。

「藤代先輩って笑えたんですね!!!」

マイクを持ってなくてもよく響く凛空ちゃんの大きな声に再びゾクッとすることにはなったけど。
一切表情の乱れない鉄の女だと名を上げる花絵先輩の初めての笑顔に凛空ちゃんが食いつかないわけなかった。

「…私だって笑うことぐらいあるから」

「マジっすか!笑わないポリシーなのかと思ってました!」

「そんなのないから」

「もしくは死んだおばあちゃんの遺言かと…」

「ないから!有末くん、暁に似て来たわよ!!」

今度は反対にケラケラと凛空ちゃんが笑っていた。それに馬渕先輩がロクなことないなって笑って、花絵先輩もそうねって笑ってた。

「今日はいいことありそうっすね~!」

「何にもないわよ!」

楽しそうで…
それを少し離れたところから見ていた。

この5ヶ月で生徒会も仲良くなったと思う。

私も凛空ちゃんも先輩たちにはよくしてもらって、たくさん話していっぱい笑ってすごく居心地がいい。


でもどうして花絵先輩は暁先輩の前だけ笑わないんだろう。


「みんなお疲れ様!横断幕持って来たよ!」

ほら、暁先輩が来ると花絵先輩の表情は消えるの。


“おもしろいの?暁がやってるあれって”


本当にそれが答えなの?

本当は何を思ってるの?


花絵先輩はまるで暁先輩の前では笑ってはいけないように心を殺しているように見えた。
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