大安吉日。私、あなたのもとへ参りますっ!
 愚かな妄想に不安になって眉根を寄せる修太郎(しゅうたろう)に、日織(ひおり)がそっと身体を擦り寄せるようにしてつぶやいた。

「私の()()()()()()は……修太郎さんに対してだけなのに。疑うなんて酷いのですっ。私、修太郎さんしか知らないのにっ!」

 どこかあどけなさを残す愛らしい顔で、日織は時折こんな風に大胆なことをサラリと言って、修太郎を戸惑わせる。
 そこがまた彼女の魅力だと分かっていても、心臓に悪いのは確かだ。


「日織さん……」

 吐息混じりに修太郎がそんな罪作りな若妻の名を呼べば、「なんでしょう?」とキョトンとした顔をする。

「それは……お互い様なのですが」

 修太郎が日織の顔を見つめてつぶやくようにそう言ったら、
「日織は一途な修太郎さんが大好きなのですっ」
 満面の笑みで、日織がギュッとしがみついてくる。

 修太郎が、日織には到底敵わない、と白旗を上げたくなるのは、まさにこういう時だ。


 ギリギリのところで懸命にあれこれ我慢しているというのに。
 日織はそれすらも叩き壊さんばかりに追い討ちをかけてくる。


「貴方はっ。僕をどれだけ煽るおつもりですかっ」

 さすがにもう一度抱かせて欲しいと言ったら、日織は戸惑うだろう。
 それが分かっているから、恨み節のひとつもこぼしたくなった修太郎である。


 日織は分かっていないのだ。

 三十路(みそじ)を過ぎるまで日織を思い続けて、他の女性に見向きもしなかった修太郎にとって、やっと手に入れた日織に対する欲望が、果てしなく底なしだということを。
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