大安吉日。私、あなたのもとへ参りますっ!
 羽住(はすみ)酒造では量より質を重んじたいという意向で、昔から(こしき)を使った製法を採用しているそうだ。

 蒸し上がった米は、必要な温度まで冷却してから麹や酒母・ もろみに使うらしいのだが、この際も昔ながらの製法――布の上などに蒸米を広げて冷やす自然冷却法――で冷ましているのだとか。



「うちはこんなだから大量の酒は作れなくてね。どんなに頑張っても年間六千本程度しか出荷出来ないんだけど……まぁそれはそれでいいかなと思っているんだよ」

 目を細めて十升(むすこ)の働く姿を見つめる善蔵(ぜんぞう)の横顔が、どこか誇らしげに見えた日織(ひおり)だ。

「だから羽住(はすみ)酒造のお酒は滅多にお店でお見かけしないのですねっ」

 羽住酒造の『純米吟醸波澄(はすみ)』は、扱われている酒屋が限られている、地元でも割と幻の酒だ。

「別に出荷制限を掛けてるわけじゃないんだけどねぇ。昔から取り引きのある酒屋さんにおろすのでカツカツな感じなんだ」

 申し訳なさそうに眉根を寄せながら、

「もう少しあちこちに卸せたらもっともっと沢山の人にうちの酒を飲んでもらえるんだけど」

 と言った善蔵の顔を見上げながら、日織は「たくさん出回らないのは寂しいですが、変わらないで欲しいのですっ」と思わずつぶやいていた。
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