大安吉日。私、あなたのもとへ参りますっ!
 この、凶悪に可愛いけれど、思い立ったら即動いて何をやらかすか予測不能の猪突猛進娘は、きっと〝何か心動かされること〟があって、言いつけを忘れてしまったに違いない。

「あっ! 今日は私、一斗(いっと)さんに〝お仕事で〟利き酒をさせていただいたのですっ!」

 修太郎(しゅうたろう)が、どこか(けん)のある声音になっていることに気付いていないのだろうか。

 日織(ひおり)が悪びれた様子もなくそう報告してきて。


「――利き酒?」

 酒造にバイトに来ているのだから酒は潤沢にあるだろうとは思っていた修太郎だ。
 だが、売る側に回るはずの日織が、酒を〝振る舞われる〟側になるだなんて、誰が想像できただろう?

 修太郎はじっとこちらを見ている和装眼鏡男の視線に、このままここで可愛くも憎らしい妻の報告を聞くことに苛立ちを覚えた。

(僕の日織さんに勝手に酒を〝盛る〟とか、許し難いですね)

 もう一分一秒だってそんな男に愛する日織を見られたくないと思ってしまった、了見の物凄ぉーく狭い修太郎だ。


「とりあえず話の続きは車の中で」

 それで、〝利き酒であったこと〟について修太郎に話したくてうずうずしている様子の日織の腰を抱くと、一斗の視線から小柄な日織を隠すように身体の向きを変えて歩き出す。
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