大安吉日。私、あなたのもとへ参りますっ!
***

「それで……修太郎さんっ? 私からの愛の深さは分かって頂けましたか?」


 ティッシュペーパーに手を伸ばした修太郎を、日織(ひおり)が大きな目でウルルンと見上げてくる。

 その色素の薄い二重まぶたの綺麗な目は、誇りと自信と期待に満ち溢れていたから。

 修太郎は手に残る青臭い残滓を拭いながら「はい、とても」と答えるしかなくて。

 なのに修太郎の言葉を聞いた途端、日織は愛らしい唇をほんのちょっと突き出して、「でしたら……」と何だかとっても不満そうになったのだ。

「日織さん?」

 その変化に気付かない修太郎ではない。

 おや?と思いながら声を掛ければ、「でしたら……どうしてしてこんなことに? 私、憧れていましたのに」と続ける微かな声。

「憧れ?」

 どんなに小さな声だって、日織の声は聞き逃さない修太郎だ。

 まさか独りごちた言葉を拾われるとは思っていなかったのか、修太郎の問いかけに瞳を見開いた日織に、修太郎は重ねて問いかける。

「〝何に〟、憧れていらしたんですか?」

 愛する妻の不満をそのままにすることなど、〝愛妻家〟の修太郎にできるはずがない。

 殊更「何に」のところに力を込めて日織の肩を掴んでその顔をじっと見下ろせば、日織が堪らないみたいにソワソワと視線を泳がせて。

 ややして、逃げられないと観念したようにゴニョゴニョと白状した。
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