大安吉日。私、あなたのもとへ参りますっ!
 修太郎(しゅうたろう)としては首筋のラインが見え過ぎることが非常に気に入らない。

 正直、誰にも見せたくないとすら思っている。


「食べ物を扱うんですもの。髪の毛を下ろしていたらダメだと思うのですっ」

 だけど、日織(ひおり)は日織なりにポリシーを持って、その髪型にしているらしい。

 返されたセリフが余りにも正論で、修太郎はグッと言葉に詰まってしまった。


「じゃ、じゃあ。――そうだ! お家からスカーフをお持ちしましょうか?」

 マンションに戻る折に日織の実家に立ち寄って義母織子(おりこ)に相談すれば、きっとスカーフの一枚や二枚、すぐに出してくれるはず。

「……修太郎さん」

 だが、そんな修太郎の提案に、日織は小さく吐息を落とすと、静かに夫の名前を呼んで、じっと顔を見つめてきた。

「私、先程も申し上げましたよ?」

 色素の薄いブラウンアイに見据えられて、修太郎はまるで蛇に睨まれた蛙みたいに身動きが取れなくなる。

「少し落ち着いてください。私、子供じゃないのです。そんなに心配なさらなくても大丈夫ですから」

 そこで日織はドアハンドルから手を離すと、修太郎の方へ身体を寄せてきた。
< 197 / 253 >

この作品をシェア

pagetop