君との恋の物語-Red Pierce-
最初の一歩
明け方に目が覚めた。時間がわからないので、手探りで枕元の携帯を取ろうとする。

ない。あぁ、そうか、机に置き忘れたんだな。

気にせずにそのまま眠ればよかったんだけど、起きて携帯を取りに行った。

さっき見た夢のせいだ。

いいのか悪いのか、予感は的中していた。

さぎりからのメールだ。

【この間はごめんね。会って話がしたいんだけど、いいかな?】

まだ明け方だったが、迷わず変身した。

【いいよ。いつがいいんだ?】

一度布団に戻り、横になる。

久々にきたメールに驚き、緊張感と高揚感はあったが、それでも少しうとうととしていたみたいだ。

返信があったのは、8時頃だった。



【なるべく早くがいい。今日でも。私が合わせるよ】

その頃には俺も起きていたのですぐに返信した。

【じゃぁ、今日にしよう。13時に、いつもの河川敷まで行く。】




明け方にメールを見てからよりは、起きてからの方が落ち着かなかった。

準備という準備もないし、仕事も、今日は休みにしようと決めていた。

どうにか時間を潰すしかないな。
















結局、良い時間潰しも思いつかず、早めに出て河川敷に向かった。

付近には城址があったので、普段は読まない石碑を呼んで回った。

気分は、大分落ち着いている。

今回は、告白の返事を待つのとは違う。必要な時間をとっただけだ。

多分、大丈夫だろう。





そうこうするうちにいい時間になったので、いつものベンチで待つことにした。

さぎりは、待ち合わせの時間より少し早くきた。




『よぉ、久しぶり。』

1ヶ月ぶりにあったというのに、全然気の利いた挨拶はできなかった。

というより、なんて言っていいのかわからなかった。

「うん。久しぶり」

元気なさそうだな。最後に会った時よりやつれて見える。

『少し痩せたか?ちゃんと食べてるのか?』

ただでさえ細いのに。

「うん、食べてるよ。詩乃こそ、少し痩せたんじゃ…」

そう言われて、なんだか可笑しくなった。

言いにくいことがないなら、早く本題に入りたい。

『それで、ゆっくり考えることはできたのか?』

それには、こちらから話を振るしかない。

「うん、私ね、あれからいっぱい考えて、気持ちの整理をして、過去のことを振り返ったの。ちゃんと、思い出にしたかったから。」

俺は、黙って聞いていることにした。

今日は、さぎりの答えを聞きにきたんだから。

「私は、バカだから、1人じゃどうしていいかわからなかったの。だから、何人かに相談して。やっと、ちゃんとできたかなって思うの。」

なるほど。さぎりは誰かは明確にしなかった。ということは、言いにくい相手なんだろう。

『うん。』

多分、元彼に会った。なんとなくそう感じた。

「私、自分なりに過去と向き合って考えてみたけど、やっぱり私は詩乃が好きだよ。困っていた私を助けてくれて、連れ出してくれて、1人じゃないって教えてくれた。自分が悪いんだからこんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど、詩乃と距離をあけている間、ずっと寂しかった。だけど、詩乃とずっと一緒にいたいなら今頑張らなきゃって思ったの。付き合わせてごめんね。」

そうか、元彼に会っても尚、俺を選んでくれたのか。

それなら、よかった。寂しかったのは俺も一緒だけど、待った甲斐があったな。

「たくさん待たせてしまったけど、私は、今やっと自分の気持ちに気がついたの。まだ、私のことを好きでいてくれてるなら、私と付き合ってください。」

さぎりが涙を堪えながらもう一度言った。

「私、詩乃が大好き」

その言葉を聴いた瞬間、無意識のうちにさぎりを抱きしめていた。

肌のにおい、髪の艶、温度。

全てが懐かしく感じた。

『そうか、やっと帰ってきてくれたんだな。』

待っていたよ。

「うん、ごめんね」

『俺は、さぎりが帰ってくることを信じて一人暮らしを始めて、仕事も精一杯してきた。』

「うん」

『何度も、さぎりが戻ってきてくれなかったらと考えてしまった。』

「そうだよね、ごめんね」

『それでも、挫けることなく1人で頑張って来られたのは、相手がさぎりだからだ。』

「そっか、ありがとう、詩乃」

『もう、放さない。』

「私も」

『ずっと一緒にいよう。』

一旦体を離して、今度は顔を寄せる。

唇が重なる感覚。

あぁ、本当に戻ってきてくれたんだな。




それから、2人で俺の部屋に向かった。

「一人暮らし、よく許してもらえたね?」

『親を説得するのは大変だったけど、この歳で仕事を貰えてるやつなんてそうはいないからな。それが決め手になったよ。ちょっと狭いけどな』

「そっか、詩乃は、すごいね」

さぎりの表情が少し曇った。

『さぎりだって、自分のやりたいことが見つかったら頑張るだろ?俺は、たまたまそれが見つかっているだけだよ。さぎりにも、ちゃんと見つかるよ』

少し、安心したような表情になった。

柔らかく微笑んでいる。可愛いな。

「優しいね。私も頑張ってみるね。」




部屋に着いた。

さぎりは開口一番

「すっごい綺麗!」

と言って興奮していた。

綺麗というのは、建物や部屋そのもののことではなく、(綺麗にしている)という意味のようだった。

「詩乃って綺麗好きなんだね!」

そう、俺は結構部屋は綺麗に整理整頓されていないと気が済まないタイプだ。

家電を選ぶときも、掃除機は良い物を選んだ。

『狭いところだけど、まぁ座っててよ。』

そう言って2人分のお茶を出す。

この部屋で、2人分の何かを用意したのは初めてだった。

嬉しいものだな。

「ありがとう。詩乃って、すっごくしっかりてるんだね。見直しちゃった!」

今までどんな印象だったんだよw

『そうか?まぁ、部屋は綺麗にしているつもりだけど。』

なんだか照れるので、俺はそっぽ向いてお茶を飲んでいた。

不意に、さぎりが俺をじっと見ながら、初めてキスした時のような、恥じらいの表情を見せた。

なんだ?

「ほんと、久しぶりだね。待たせてごめんね」

いや

『もういいって、戻ってきてくれたんだから。』

すると、顔を赤くしたさぎりがもっと迫ってきた。

「ね、詩乃の女にして…?」

相変わらず顔に似合わず大胆なことを言うな点々…。

願ったり叶ったりだけど。








久しぶりだったのと、もう一度恋人になれた喜びと、お互いに抱えていた独占欲が爆発して、俺達は4回連続で愛し合った。

それでも足りないくらいだったが、もう、焦ることはない。

ベットで横になったさぎりが、天井を見上げたまま俺に聞く。

「あのさ、今度、泊まりに来てもいい?」

当たり前だろう。

『うん。その為に一人暮らししたのもあるからな。今日だって構わないよ。』

軽口のつもりで言ったのだが…

「本当に?そんなこというと、本当に泊まって行っちゃうよ?」

よっぽど寂しかったんだろう。俺も一緒だけど。

『構わないよ。でも、一旦着替えを取りに帰ったほうがいい。今日着ている服はそのまま置いて行ってもいいしな。』

こういう場面で現実的なコメントをしてしまうのは、俺の変な癖だ。

「…本当にいいの?私、えっと、まだ…」

まだまだしたいって?大歓迎だよ。


結局、2人でさぎりの家まで着替えを取りに車で戻った。

さぎりは本当に安心したようで、ずっと幸せそうな顔をしていた。

多分、俺もだ。

部屋に帰ってくる頃には20時を回っていたが、夕飯は出来合いのものを買って済ませ、2人でのんびりと過ごすことができた。

そうだ、こういう時間を一緒に過ごしたくて家を出たんだ。やっと叶ったんだな。

そう実感すると、また気持ちが込み上げる。

さぎりを振り向かせ、唇を重ねる。

『愛してる』

そんな言葉が自然と溢れた。

「私も、愛してるよ」

そう言ってまた身体を重ねた。

恋愛への依存については、俺にもさぎりにも問題があるかもしれない。

今回のことで、俺はそう実感していた。

俺達はまだ学生だけど、ずっと学生ではいられないんだ。

それに、学生生活は、恋愛だけではない。

友達もいて、授業もあって、場合によってはサークルもあるし、バイトだって大事な経験だろう。

一度、さぎりとちゃんと話し合う必要があるな。

「詩乃?」

気づいたらさぎりが俺の顔を覗き込んでいた。

『さぎり、話があるんだ。夜は長いし、ちょっと、いいか?』

途端に不安そうな顔になった。なんだよ。大丈夫だよ。

『俺は、これからもずっとさぎりと一緒にいたいと思っている。それだけは信じてくれ。その上で、話したいんだ。』

さぎりはまだ不安そうな顔をしていたが、話す気にはなったみたいだ。

「うん、いいよ。」

『うん。これは、どっちが悪いの話ではないからな。そこだけはわかっておいてほしい。』

そのまま続ける。

『俺達は、これまで、お互いに依存しすぎていたんだと思うんだ。』

さぎりは黙っている。

『2人の時は、いくらでもべったりしていていいと思うし、会う頻度だって話し合って決めればいいと思う。でも、学校生活の全てが恋愛ではダメなんだよな。って、俺はこの夏休みに気づいたんだ。今は、仕事の量も増えてきたし、後期は、少し授業も増える。そんな中でも、俺はさぎりとの時間も、友達との時間も、仕事も勉強も全部大事にしたいんだ。』

「うん」

さぎりが、ここで初めて相槌を打った。

『さぎりは、どう思う?』

さぎりは、意を決したように話し始めた。

「私も、同じ。今まで、依存し過ぎてたなって思う。一緒にいられたら楽しいし、つい詩乃との時間を沢山取りたいって思ってた。その分、友達のこと、大事にしなくなってた。」

俺もそうだ。

「だけど、夏休み明けの集中講義の後、友達が話を聞いてくれたの。詩乃とのことも、元彼とのことも…。友達とのことも。」

さぎりはそのまま続ける。

「皆、最後まで話を聞いてくれた上で、私のことを思って言葉をかけてくれたよ。だから、私もどうするべきか、ちゃんと考えた。」

『うん』

「私も、詩乃みたいに、自分の専門分野を探してみたいと思うの。」

…なるほど!

「まだ、どうやったらいいかわからないけど、どこかのサークルに入るとか、勉強会に参加してみるとか、具体的なことは全然決まってないんだけどね。でも、働いてる詩乃を見て、すごいなぁ、いいなぁって思ってたから。」

いいじゃないか!

『いいと思うぞ!かなり!』

さぎりが目を丸くしている。

「そ、そう?」

『うん!何か打ち込みたいことを見つけて、頑張る。いいじゃないか!応援するよ!』

「ありがと、まだ、何も決まってないんだけどね…。」

『そんなの誰だってそうだろ!俺はたまたま人より専門分野を決めるのが早かっただけだよ。それだって、成功できるかわからないし。何も、決めた分野が仕事に繋がってなくたっていいんだしな。』

「そっか、それもそうか。」

『そうだよ。俺のはたまたまだから。別に全部俺と同じようにやる必要なんてないんだから。』

「そっか。そうかも。私、一番身近にいるのが詩乃だから、つい詩乃を基準に考えちゃってた!」

『ついでに言うと、焦る必要もないからな。じっくり選ぶといいと思う。いつでも相談に乗るし、ここにもきてくれていい。』

「ありがと!頼りにしてる」



やっと心から笑ってくれたみたいだ。よかった。

さて、来週から忙しくなりそうだ。

俺は、久々に学校に行くことにワクワクしていた。

2人で一緒に踏み出す、最初の一歩だ。
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