君との恋の物語-Red Pierce-
新年度
さぎりがやりたいことを見つけて以来、俺たちの生活は一気に充実感で満たされた。
大学での生活はもちろん、放課後はお互いに資料を作成したり元ネタの収集で図書館に行ったりもした。
そのうち大学の図書館だけでは物足りなくなり、市立図書館にも足を運ぶようになった。
入学当初から連んでいた友達には
「詩乃って思ったより真面目なんだな!」
などとからかわれたりもしたが、それでも俺のペースを見出すことなく連んでくれている。
俺から言わせれば、こいつらは
「思ってたよりずっと良いやつら」だった。
そんな訳で友達ともさぎりとも関係は良好な訳だが、ちょっと心配なこともあった。
さぎりの活動は、一生懸命やるだけの価値があることだとは思うが、どうしても仕事か趣味かの差は出てしまう。
これは、クオリティの話ではなく、モチベーションの話だ。
俺の方は、評価されたら報酬がもらえるが、さぎりの方はそうではない。
さらに言えば評価を受けることもできない。
これではあまりにも勿体無いので、ある程度手元に資料がたまった時点で、歴史教育学の教授へ相談するように提案した。
そうすることで、アドバイスをもらえたり、さぎりの活動を知ってもらえるチャンスになると思ったからだ。
もちろん、教授への提出する資料は1からさぎりが作ったもので、俺の資料を元に作ったものではない。
どうやら教授もかなり気に入ってくれたようで、熱心にアドバイスをくれた上に授業でも取り上げてくれたようで、それを見た何人かの学生が一緒に活動したいと集まってきた。
さぎりはああ見えて意外とリーダーに向いているタイプのようで、すぐにメンバーを集めてサークル活動の準備を始めた。
まず、学友会への書類提出。それから学校側への活動許可の申請。
どちらにもそれなりにしっかりとした活動内容を書かなければいけない。
さぎりが考えた活動内容は、小学校低学年向けの歴史書を100ページで作ること。
少なくとも1年間はこれに絞るようだ。
100ページと言ってしまえば一言だが、これはかなり大変なことだ。
詳しいことは俺も聞いていないが、この頃は本当に忙しくしていた。
徹夜する日もあったようだ。
さぎりの努力の甲斐あって、申請はすんなり通り、小さいが部室を一つ与えられて活動を開始することになった。
メンバーは最初は15人程名乗りを上げたが、中には周りに流されたやつもいたようで、サークル活動開始時には7人となった。
中には入学当初から仲が良い友達もいたらしい。
心強いと言って、さぎりは喜んでいた。
そうこうするうちに俺たちはあっという間に2年に進級し、気持ち新たに新学期をスタートする、はずだったのだが…。
「大丈夫?結構熱出てるね…。」
あぁ、とんでもなくしんどいからな…。
『うつると…よくない。帰った方がいい。』
言うのがやっとだ…。できればしゃべりたくもない…。
「私は大丈夫だよ。喋るのもしんどいでしょ?気にしなくていいからゆっくり休んで。」
悪いな…。
上手く喋れたかどうかもわからない…。それにしてもしんどい。
インフルだった。
こんな時期にかかるのも珍しいと思うが、どうやら今年はこの春先に流行っているらしい。
そして俺は、まさにその流行りに乗ったというわけだ…。
新学期早々にこの調子で、初日に登校することもできずにこうして寝ている。
情けない話だ。
本来ならこういう時は実家に帰るべきなんだろうが、ここで帰って家族に移しても嫌なので、俺はここにいることを選んだ。
さぎりには、もっと移したくないので、あまり来ないように言ったんだが、心配だからと言って聞かなかった。
そして今、マスクを二重にして俺のそばにいる。
出席停止から3日間はほとんど症状は改善されなかったが、4日目にはいくらか楽になった。
でも、少しでも無理をするとまた熱が上がる。
結果、7日を過ぎてもまだしんどかったのだが、熱は下がったので大学に行った。
ガイダンスの時に配布された資料を受け取り、皆からは一足遅れで新学期のスタートになった。
昨年とは違って、今年度はこの時期からまぁまぁ忙しい。
まず、立ち上げが年度末だったために先送りになっていたさぎりのサークルの決起会だ。
俺自体はサークルには入ってないのだが、ゲストとして参加を頼まれてる。
それもさぎりからではなく、副部長になったというさぎりの友達から頼まれた。
特に準備は必要ないんだが、活動開始の大事な行事だ。
少しは緊張する。
それに、行事は他にもある。というか、正直にいうと俺にとってはこちらの方が重要だ。
出版社の加藤さんから、上司に紹介したいからと食事に誘われたのだ。
上司への紹介、そして食事というのがつまるところ何を意味するのか…。
どちらにしても、第一印象は大事だろう。
これには身だしなみをしっかり整えて参加したいと思っている。
さらに、大学では教職の授業が本格的に増えてくるので、授業もぎっしり詰まってくる。
1週間遅れの俺は去年よりもカリキュラムを組むペースを上げなければいけない。
そして、当たり前のことだが1週間も休んでしまったため、出版社の仕事も少しペースを上げる必要がある。
今年度からはさらに量が増え、バイト代も上がる。
今まで以上に責任感を持って臨まないと。
それに、ここまでくると、さすがにもう1人、連絡をしなければならない相手がいる。
峰岸さんだ。
いくら元カノの父親とはいえ、峰岸さんは、俺を出版社の加藤さんに紹介してくださった方だ。
こんなに仕事をもらって、さらに上司の方にまで紹介していただけるとなると、一度挨拶に行かなければと思う。
けど、そのためには、結に連絡を取らなければならない。
俺は、峰岸さんの連絡先を知らないのだ。
あの頃は、結を通して連絡を取っていたからな…。
仕方ない、よな。
今度、結に連絡するか…。
とまぁ、こんな感じで、バタバタと新学期をスタートすることになった。
さぎりも頑張っているし、俺も頑張っている。
少なくとも付き合い始めた当初よりはずっと良い関係でいられていると思う。
仕事や学校のことにしても、暇すぎるよりは少々忙しいくらいの方が充実してるしな。
遊ぶ回数は減ったが、会う頻度は変わっていないし、さぎりも俺と同じようにこの時を「充実している」と感じてくれているだろう。と、この時の俺は、そんな程度に考えていた。
後にこのすれ違いがどんな結果につながるとも知らずに…。