君との恋の物語-Red Pierce-
不穏
インフルでの出席停止期間を終えて、漸く登校し始めた俺は、遅れを取り戻すため、とにかく必死だった。

まず、メールをチェックし直してスケジュールを確認。

加藤さんとの食事のためにスーツを購入。さらに、さぎりのサークル【歴史の教科書制作部】の決起会でする挨拶の原稿作り。授業のカリキュラム、バイトの校正と資料作成、それから…




結へのメールだ。

別にやましいところなど何もない。

俺の目的は飽くまでも峰岸さんと話をすることだ。

だから、気まずいけど、仕方ない。

メールの内容は

【久しぶり。今更で申し訳ないけど峰岸さんにお会いしたい。前に紹介してくださった出版社のバイトで、少し進展があったから。連絡するのは気が進まなかったけど、他に方法がなかった。悪い。】

改めて、気まずい…。元カノへ連絡なんて、するもんじゃない。

けどまぁ、送ってしまった以上後には引けないので、気持ちを切り替えて別の作業に徹した。



数日後、休日にさぎりに付き合ってもらってスーツを買いに来た。

『さて、どんなのがいいかな?』

「好きな色とか柄はないの?」

いつも通りの笑顔で聞いてくるさぎり。

でも、目の下には隠しきれない隈が出ている。もしかして、あまり寝てないのか?

『色は特に考えてないけど、ストライプがいいと思ってる』

「うんうん!似合いそう!色は、黒よりは紺とかはどうかな?」

『OK!着てみることにしよう』

結果、何着か試着した後、濃紺でストライプ柄が入ったスーツと、袖や襟に少し柄の入ったワイシャツを購入。ついでに革靴とベルト、ネクタイとタイピンも買った。

価格は、そこまで高いものは選ばなかったが、全部合わせるとそれなりの額になった。

「スーツって、結構するんだね」

買い物にかかった時間は2時間弱くらい、まだ昼の12時前だ。

でも、たったそれだけなのに、さぎりの顔には疲れが見えた。

…。

『さぎり、今日は、この後の予定は?』

ん?っと一度首を傾げ、いつものように答える。でも、顔にはやっぱり疲れが出ている。

「今日は、夕方からサークルの打ち合わせがあるから、3時くらいまでは空いてるよ?」

そうか、それなら。

『それなら、今日は一回帰って休んだほうがいい。』

え?っと言って、さぎりが1人立ち止まる。

俺は振り返って、しっかりと真正面にさぎりを見据えて言った。

『だいぶ疲れているみたいだ。顔色も良くないし…』

「え?そんなこと…」

『あるだろ?良く頑張っていると思う。でも、駆け出しのサークルとは言え、部長なんだろう?体調管理だって、大事なんじゃないのか?』

「そうかもしれないけど…。」

煮え切らない表情だ。

なんでだ?さぎり自身が一番疲れを感じているはずじゃないのか?

『買い物に付き合ってくれてありがとう。疲れてるのに悪かった。』

少しだけ頭を下げた。さぎりは、俺の頼みなら少々自分が無理しても叶えようとしてくれる。

だから、こちらが気遣ってやらないと。今みたいに大事な時期は、特に。

「帰らなきゃ、だめ?」

なんと返すべきか一瞬迷った。迷わずそうだと言うべきだが…。

さぎりは、なぜか泣きそうな顔をしていた。

なんだ?やっぱり体調が悪いのか?弱っているのか?

『いや、ダメってことはない。でも、この後も一緒にいて体調を崩したり、打ち合わせに影響が出るようなら、帰った方がいいと言ったんだ。俺には、いつでも会えるだろ?泊まりに来たっていいんだし。』

そこで、なぜかさぎりはハッとした。

?なんだ…?なぜこんなところで?

と思いきや、今度は少し俯いて答える。

「わかった。今日は帰るね。確かにちょっと、疲れてるみたい。顔に出ちゃってたなら、ごめんね」

何言ってんだよ。

『悪いことなんてない。さぎりはやっと自分の道を見つけて頑張ってるんだ。それはいいことだぞ』

「うん、ありがと。」

腑に落ちない表情…。なんだ?何を考えている?

さぎり?

「また、月曜日にね。」

そう言って俺の横を素通りして、先に駅に向かい始めた。

なんだ?

なぜか俺は、さぎりの後を追えなかった。














全く。なんだってんだ。

結局、さぎりを追うことができず、俺は反対方向に歩き、自分の部屋に向かった。

疲れていそうだったので、休むように促した。

ただそれだけだぞ…?

なのに、なんだあの表情は…?

そんなに傷つけるようなことを言ったか?

いや、そんなことはない…はずだ。







………




……………





だめだ。

考えてもわからん。

多分、さぎりも疲れていたんだろう。

俺は、そう思うことで一旦考えるのをやめることにした。

いい加減なところでちゃんと作業を進めないと本当に間に合わなくなるからだ。



カリキュラムはおおよそ決まった。

さて、後はバイトと挨拶の原稿だな。

まずはバイトからだ。

添削は残り10本。締切は1週間後。

これは、実はかなり大変なことだ。

通常、1週間でこなす量は3〜5本。かなり量が増えてこの枚数だ。

10本となると、少ない週の3倍以上ということになる。

まだ学生の俺は、昼間はどうしても授業に出るので、必然的に作業は平日の夜か、

休日の昼間になる。

今日のうちに、3〜4本くらい終えられればまだ希望は見える。夜中までかかりそうだが…。

それに、仕事は飽くまでも校正なので、丁寧に読まなければいけない。

つまり、短縮できる時間には限界があると言うことだ。

よし、集中してやろう。

俺は携帯の電源を切って枕元に置いた。

時間は14時だった。


















気がつくと、外は真っ暗になっていた。

時計を見ると、20時近くになっている。

休憩らしい休憩も取らずに、我ながら良く集中したな。

少し休憩を取ろうと、部屋の掃き出し窓を開けて、ベランダに出た。

通りに面したこの部屋は、ベランダに出ても特別な景色が見られるわけでもない。

ただ等間隔に並んだ街灯と、時々通る人影や車が見えるだけだ。

それでも、部屋に籠って原稿を読み続けていた俺にとっては、いい気分転換になる。

時期的にも、外に出るにはちょうどいい。



この時、俺は昼間の出来事はすっかり忘れてしまっていた。



そのまま携帯の電源を入れずに、また作業に戻った。

休憩後も、ただただひたすら原稿読み、校正する。

どの原稿も、面白い題材ばかりなので、作業自体はまるで苦にならなかった。

ほとんど読書だからな。

勉強にもなるし。

そうして目標だった3本の校正を終える頃には、読み通り夜中になっていた。



そこで初めて、昼間から全く携帯を見ていなかったことに気付いた。

途端に昼間のさぎりとのことを思い出し、流石に少し焦って電源を入れた。

まず俺の目に飛び込んできたのは、数件の着信とメールだった。

全てさぎりからのものだった。

メールの内容は一言

【会いたい】

俺は、慌ててさぎりに電話をかけた。
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