君との恋の物語-Red Pierce-
依存
なってしまったものは仕方ない。
これが俺の第一声だった。
4ヶ月程前、つまり去年の12月頃、さぎりは精神的なバランスを崩し、鬱病と診断された。
と言っても、症状はそんなに深刻なものではないようで、一過性のものだろうと言うのが、主治医の見解だった。
鬱なんて名前を付ければ、当てはまってしまう人はきっとたくさんいる。
だから、皆騙し騙し、病まないように自分でバランスを取りながら生きているんだと、俺は思っていた。
さぎりは、今回はたまたまバランスを崩してしまっただけで、きっとすぐに元気になる。
そう思ったし、そう思いたかった。
だから、結果を重く受け止めすぎてしまったさぎりには
『なってしまったものは仕方ない。たまたま色々重なって、疲れてしまっただけだ。』
そう言って抱き寄せて続けた。
『だから、今はゆっくり休もう。大丈夫だから。』
実際、症状はそこまで重くはならなかった。
喋れなくなってしまったのも、病院に行く前日だけだ。
あの時は、俺の態度もよくなかった。これからは俺も気をつけよう。
今は、あまり先のことは考えないほうがよさそうだ。
結局、病院に行ったことも、診断結果も、俺以外には知らせないらしい。
俺としては、せめて両親には知らせてほしかったのだが、本人が嫌だと言うのでそれ以上は何も言わなかった。
悪化するようなら俺から知らせるしかないと思ったが、幸い、そうはならなかった。
学校にも行けたし、薬も飲んでいない。
そう、ちょっと疲れてしまっただけ。
俺もさぎりも、そう思っていた。
あれから4ヶ月。
新年度に入ってからもさぎりの様子は変わらなかった。
良くも悪くもなっていない。
これでいいのかどうか、判断に困っている。
学校には行くし、授業にも出る。サークル活動も、周りの友達に支えてもらいながらも、ちゃんと進められている。
おそらく、サークルを一緒に始めた2人の友達は、気づいているんだろう。
サポートがかなり手厚い。
俺もできる限りのことはしたいと思っている。
だけど、さぎりからはそういう意志を感じない。
ただ頑張っている。こなしている。そういう風にしか見えない。
もっと嫌な言い方をすれば、そういう風に見せているように見える。
実際、どこまで本気で頑張ろうと思っているのか、その度合いがまるで見えない。
学校にも行ける。サークル活動もできる。友達とも話せるし、元気だ。
何か都合が悪いことが起きると俺の部屋に来る。それだけだ。
来ても、特別なことはなにもない。
愚痴を言うわけでも、泣くわけでもなく、ただ一緒にいたいと言う。
気持ちはわからなくはない。俺にもそう言う時はあるし、まして弱っている時なら仕方ないと思う。
でも、さすがに4ヶ月もなにも状態が変わらないのでは、本当にどうにかしようとおもっているのか疑わしくなってくる。
少しくらい、自分でなんとかできないか、考えもしないのか?
もちろん俺は、さぎりの味方だし、手助けをしたいとは思う。
だけど、さすがに4ヶ月も本人に変化が見られないんじゃなぁ…。
やめよう。俺も疲れているんだ。だから悪い方にばかり考えが向くんだ。
もう少し、仕事をしよう。
携帯の電源を切ったまま眠った次の日、俺はそのまま携帯の電源も入れずに校正の作業に入った。
さぎりのことを意識的に考えないようにしていたのだが、休憩で少し手を止めたら考え込んでしまった。
もう昼の11時だ。
12時まで頑張って、そしたらいい加減電源を入れよう。
あまり集中できなかったが、それでも少しは作業は進んだ。
仕方ない…いつまでもこうしてる訳にはいかない。
携帯の電源を入れた。
メールが5件。着信はなし。
開いてみると、さぎりからは一通も来ていなかった。
…
………
…………
肩すかしを喰らった気分だ。
来ていたら来ていたで困っただろうが、来てないのもなんというか…。
いや、きっとさぎりは気を遣ってくれたんだろう。
忙しかったとは言え、申し訳ないことをしたな。
メール入れておくか。
【昨日はごめん。今日一日頑張れば少し落ち着きそうだ。体調は大丈夫か?】
俺としては、あまり深刻な感じを出さないように文面を考えたつもりだが、どう伝わったかな…?
気を取り直して、昼食を準備した。
もう、胃に入ればなんでもいいので、簡単に済ませた。
30分後、また携帯の電源を切って作業に入った。
もう少しだ。今日1日頑張れば、どうにかなる。
さぎりにも、ちゃんと連絡して謝ろう。
早く連絡するためにも、今日頑張ろう。
良く集中したせいか、18時には今日のノルマ分は達成できた。
明日からは通常通りにこなしていけば問題ない。
携帯の電源を入れる。
メールも着信も、さぎりからは入っていなかった。
…。
これは、俺への気遣いだ。
だから、もう一度メールを…いや、電話しよう。
着信履歴からさぎりの番号を呼び出し、すぐにかける。
…っ!
流れたのは、コール音ではなく電源が入っていないというアナウンスだった。
…
全身から血の気が引いていくのがわかる。
なんだこの感覚は…。
怒り、虚しさ、悲しみ、寂しさ、嫉妬…
色々な感情が混ざり合って煮えたぎっているようだった。
衝動的にメールの画面を開く
待て…
さぎり宛にメールを書く
落ち着け、なにをやっている…?
っ!
送信ボタンを押す寸前に、どうにか思い留まった。
危ない…何をやってるんだ俺は…
書きかけていたメールを削除した。
そこには俺らしくもない乱暴な言葉が書いてあった。
こんなものを彼女に送ろうとしてたのか…。
最低だ。
今日はもう何もしなくていい。
ここまでの数日、ものすごく頑張った。だから、今日はゆっくりしよう。
さぎりからも、明日は連絡が来るかもしれないし。
いや、メールだけは、送っておくか。
そうだ。別に乱暴な言葉じゃなければいいんだ。
そう、電源が入ってないのは事実なんだし。
それがなんでなのか聞くだけだ。
よし。
【待たせて悪かった。ひとまず作業は落ち着いたよ。電話入れたけど、電源が入ってないみたいだったから、メールした。】
いいか。送っておこう。
今日から、俺は携帯の電源は入れっぱなしでいいんだ。
きっと直ぐに連絡くれるだろう。
それにしても、さっきはなんであんなに攻撃的になったんだろう?
いい。今日はもうやめよう。
ずっと動いてなかったし、少し散歩に出るか。
あまりくらいところを歩きたくなかったので、駅付近の、なるべく明るい通りを歩いた。
さぎりからはなんの連絡もない。
考えないようにしても、やっぱりどうしても考えてしまう。
同時に、もう一度連絡をしたい衝動に駆られるが、どうにか思いとどまる。
こんなことを繰り返して、結局1時間ほど歩いたが、気持ちは少しも落ち着かなかった。
というか、なんで携帯の電源を切ってるんだ?
さぎりは普段、バイト中ですら電源を切らない。
サークルで大事な会議があったとしても、休みの日にこんな時間まで行っているとも思えない。
だとしたら…なんだ?
こんな時に限って、嫌なことを思い出す。
それは、さぎりと出会ってすぐのこと。
俺は、追い詰められたさぎりを奪いに行った。
さぎりは別れる直前まで元彼を思っていたとは思う。でも、気持ちが揺らいでいたからこそ、別れてすぐに俺と付き合うことを選んだ。
気持ちが、揺らいでいたから。
まさか、そんなことはないと思いたいが、【体調が悪そうだから】と言って帰したあの日、あの時の表情は…
元彼と別れる直前の、あの時期、さぎりはよくあんな表情をしてた。
なんでこんなことを今思い出すんだ?
関係ない。
関係ない…
さぎりが俺を裏切るなんて、そんなことあるわけがない。
これが俺の第一声だった。
4ヶ月程前、つまり去年の12月頃、さぎりは精神的なバランスを崩し、鬱病と診断された。
と言っても、症状はそんなに深刻なものではないようで、一過性のものだろうと言うのが、主治医の見解だった。
鬱なんて名前を付ければ、当てはまってしまう人はきっとたくさんいる。
だから、皆騙し騙し、病まないように自分でバランスを取りながら生きているんだと、俺は思っていた。
さぎりは、今回はたまたまバランスを崩してしまっただけで、きっとすぐに元気になる。
そう思ったし、そう思いたかった。
だから、結果を重く受け止めすぎてしまったさぎりには
『なってしまったものは仕方ない。たまたま色々重なって、疲れてしまっただけだ。』
そう言って抱き寄せて続けた。
『だから、今はゆっくり休もう。大丈夫だから。』
実際、症状はそこまで重くはならなかった。
喋れなくなってしまったのも、病院に行く前日だけだ。
あの時は、俺の態度もよくなかった。これからは俺も気をつけよう。
今は、あまり先のことは考えないほうがよさそうだ。
結局、病院に行ったことも、診断結果も、俺以外には知らせないらしい。
俺としては、せめて両親には知らせてほしかったのだが、本人が嫌だと言うのでそれ以上は何も言わなかった。
悪化するようなら俺から知らせるしかないと思ったが、幸い、そうはならなかった。
学校にも行けたし、薬も飲んでいない。
そう、ちょっと疲れてしまっただけ。
俺もさぎりも、そう思っていた。
あれから4ヶ月。
新年度に入ってからもさぎりの様子は変わらなかった。
良くも悪くもなっていない。
これでいいのかどうか、判断に困っている。
学校には行くし、授業にも出る。サークル活動も、周りの友達に支えてもらいながらも、ちゃんと進められている。
おそらく、サークルを一緒に始めた2人の友達は、気づいているんだろう。
サポートがかなり手厚い。
俺もできる限りのことはしたいと思っている。
だけど、さぎりからはそういう意志を感じない。
ただ頑張っている。こなしている。そういう風にしか見えない。
もっと嫌な言い方をすれば、そういう風に見せているように見える。
実際、どこまで本気で頑張ろうと思っているのか、その度合いがまるで見えない。
学校にも行ける。サークル活動もできる。友達とも話せるし、元気だ。
何か都合が悪いことが起きると俺の部屋に来る。それだけだ。
来ても、特別なことはなにもない。
愚痴を言うわけでも、泣くわけでもなく、ただ一緒にいたいと言う。
気持ちはわからなくはない。俺にもそう言う時はあるし、まして弱っている時なら仕方ないと思う。
でも、さすがに4ヶ月もなにも状態が変わらないのでは、本当にどうにかしようとおもっているのか疑わしくなってくる。
少しくらい、自分でなんとかできないか、考えもしないのか?
もちろん俺は、さぎりの味方だし、手助けをしたいとは思う。
だけど、さすがに4ヶ月も本人に変化が見られないんじゃなぁ…。
やめよう。俺も疲れているんだ。だから悪い方にばかり考えが向くんだ。
もう少し、仕事をしよう。
携帯の電源を切ったまま眠った次の日、俺はそのまま携帯の電源も入れずに校正の作業に入った。
さぎりのことを意識的に考えないようにしていたのだが、休憩で少し手を止めたら考え込んでしまった。
もう昼の11時だ。
12時まで頑張って、そしたらいい加減電源を入れよう。
あまり集中できなかったが、それでも少しは作業は進んだ。
仕方ない…いつまでもこうしてる訳にはいかない。
携帯の電源を入れた。
メールが5件。着信はなし。
開いてみると、さぎりからは一通も来ていなかった。
…
………
…………
肩すかしを喰らった気分だ。
来ていたら来ていたで困っただろうが、来てないのもなんというか…。
いや、きっとさぎりは気を遣ってくれたんだろう。
忙しかったとは言え、申し訳ないことをしたな。
メール入れておくか。
【昨日はごめん。今日一日頑張れば少し落ち着きそうだ。体調は大丈夫か?】
俺としては、あまり深刻な感じを出さないように文面を考えたつもりだが、どう伝わったかな…?
気を取り直して、昼食を準備した。
もう、胃に入ればなんでもいいので、簡単に済ませた。
30分後、また携帯の電源を切って作業に入った。
もう少しだ。今日1日頑張れば、どうにかなる。
さぎりにも、ちゃんと連絡して謝ろう。
早く連絡するためにも、今日頑張ろう。
良く集中したせいか、18時には今日のノルマ分は達成できた。
明日からは通常通りにこなしていけば問題ない。
携帯の電源を入れる。
メールも着信も、さぎりからは入っていなかった。
…。
これは、俺への気遣いだ。
だから、もう一度メールを…いや、電話しよう。
着信履歴からさぎりの番号を呼び出し、すぐにかける。
…っ!
流れたのは、コール音ではなく電源が入っていないというアナウンスだった。
…
全身から血の気が引いていくのがわかる。
なんだこの感覚は…。
怒り、虚しさ、悲しみ、寂しさ、嫉妬…
色々な感情が混ざり合って煮えたぎっているようだった。
衝動的にメールの画面を開く
待て…
さぎり宛にメールを書く
落ち着け、なにをやっている…?
っ!
送信ボタンを押す寸前に、どうにか思い留まった。
危ない…何をやってるんだ俺は…
書きかけていたメールを削除した。
そこには俺らしくもない乱暴な言葉が書いてあった。
こんなものを彼女に送ろうとしてたのか…。
最低だ。
今日はもう何もしなくていい。
ここまでの数日、ものすごく頑張った。だから、今日はゆっくりしよう。
さぎりからも、明日は連絡が来るかもしれないし。
いや、メールだけは、送っておくか。
そうだ。別に乱暴な言葉じゃなければいいんだ。
そう、電源が入ってないのは事実なんだし。
それがなんでなのか聞くだけだ。
よし。
【待たせて悪かった。ひとまず作業は落ち着いたよ。電話入れたけど、電源が入ってないみたいだったから、メールした。】
いいか。送っておこう。
今日から、俺は携帯の電源は入れっぱなしでいいんだ。
きっと直ぐに連絡くれるだろう。
それにしても、さっきはなんであんなに攻撃的になったんだろう?
いい。今日はもうやめよう。
ずっと動いてなかったし、少し散歩に出るか。
あまりくらいところを歩きたくなかったので、駅付近の、なるべく明るい通りを歩いた。
さぎりからはなんの連絡もない。
考えないようにしても、やっぱりどうしても考えてしまう。
同時に、もう一度連絡をしたい衝動に駆られるが、どうにか思いとどまる。
こんなことを繰り返して、結局1時間ほど歩いたが、気持ちは少しも落ち着かなかった。
というか、なんで携帯の電源を切ってるんだ?
さぎりは普段、バイト中ですら電源を切らない。
サークルで大事な会議があったとしても、休みの日にこんな時間まで行っているとも思えない。
だとしたら…なんだ?
こんな時に限って、嫌なことを思い出す。
それは、さぎりと出会ってすぐのこと。
俺は、追い詰められたさぎりを奪いに行った。
さぎりは別れる直前まで元彼を思っていたとは思う。でも、気持ちが揺らいでいたからこそ、別れてすぐに俺と付き合うことを選んだ。
気持ちが、揺らいでいたから。
まさか、そんなことはないと思いたいが、【体調が悪そうだから】と言って帰したあの日、あの時の表情は…
元彼と別れる直前の、あの時期、さぎりはよくあんな表情をしてた。
なんでこんなことを今思い出すんだ?
関係ない。
関係ない…
さぎりが俺を裏切るなんて、そんなことあるわけがない。