君との恋の物語-Red Pierce-
将来のこと
朝7時。今日は休みだが、起きて布団から抜け出した。

手早く朝食を済ませたら、部屋の片付けを始めた。

ここ2週間結構忙しくしていたので、俺の部屋はそれなりに散らかっていた。

少々早いがまぁ大丈夫だろうと洗濯機を回し、その間に仕事机の周りも綺麗にする。

大きなゴミは拾って捨てて、掃除機をかける。

台所のシンクや風呂も綺麗に磨いて、最後に玄関の掃き掃除だ。

1人暮らしの俺の部屋はさして広くもないので、どんなに掃除しても掛かる時間なんて高が知れている。

掃除が終わったら、洗濯を干す。

これも、たいした量ではない。

まぁ、予想はできていたが、全部で1時間強。10時まではまだまだ時間がある。

コーヒー豆も新しいものがあるし、コーヒーメーカーは普段からよく手入れをしているので問題はない。

………それにしても時間がありすぎる。

1杯飲むか。

1杯分だけ豆を挽いてコーヒーを作った。

カップを持って部屋の入り口に立つ。改めて部屋を見渡してみた。

そろそろ、引っ越すかな?

何故だかそんなことを考えた。

いや、今までも考えなかったわけじゃない。

ただ、家賃を払える自信がなかった。それだけのことだ。

でも、これからは少し状況も変わってくる。

それに、そもそも仕事用に集めた資料の数が増えすぎて、本棚がもうすぐ一杯になる。

この部屋の広さでは、本棚をもう一つ置くこともできないし、居間と寝室と仕事部屋が全て1部屋というのは、さすがにもう無理がある。

せめて寝室だけでも別にできると大分楽だよなぁなどと考えていると、コーヒーが少し冷めてしまった。

仕事用の机でコーヒーを啜る。

そこで改めて考えた。

俺がこの部屋を借り始めたのは2年前の8月。

この部屋は2年契約なので更新まで少し日があるが、引っ越すのであれば7月中には出なければ、契約金がもったいない。

仕事部屋のことを考えたら、1LDKか、2LDKだな。

駅からのアクセスが悪くても良いなら2LDKも可能かもしれないな。

それに、これからは大学よりも職場へのアクセスを優先した方がいいか…?

そう。先日、出版社の上原さん、加藤さんとの食事で、俺は卒業後の就職先が決まった。

いや、決まってはないのか?内定をもらった、みたいな感覚か?

兎に角、既に文章の校正や資料作成を任されている俺は戦力として認められているようで、数回の社内会議の末、特例的に入社が決まっているとのことだった。

まだ大学3年なので、入社時期は未定だが、場合によっては在学中から契約社員扱いにしても良いと言ってもらえた。

これにはとても驚いたがこれ程嬉しいこともないので、【よろしくお願い致します】

とはっきり返事をした後、しっかりと感謝も伝えた。

俺としては、やることが変わらないのであれば早くに入社したいと思っている。

だからと言って、大学を辞めるつもりはさらさらない。

それはもちろん、親への感謝があるからだ。

国公立とは言え、入学金や授業料を出してもらっている上に、一人暮らしまで許してもらっているのだ。こんな中途半端なところで辞めるわけにはいかない。

出版社側もそれは考慮してくれているので、在学中は【契約社員で】と言ってくれている訳だ。

だとしたら、そもそも断る理由がないと思う。

収入は上がるし、仕事の量も安定すると言われたし。

であれば、やはり早いうちにもう少し広さにゆとりのある部屋に引っ越すべきだと思う。

仕事にも勉強にも集中できるし、気分も変わるし。



インターフォンがなる。

おっと、もうそんな時間か!

慌てて玄関ドアを開けると、さぎりが立っていた。

『お、おぉいらっしゃい』

慌てていたので、ドアを開けてから思い出したように緊張した。

なんか変な感じになってしまったw

さぎりは俺の緊張を他所にクスクスと笑っていた。

「なぁに?今の」

うるさいな。

『あぁ、久しぶりだな。』

すると、さぎりも笑いを抑えた。

「うん。久しぶり」

『とりあえず、あがろう』

「ありがとう」

さぎりは俺の後ろからついてきたが、途中で抜かしてもらって、俺だけキッチンに残る。

コーヒーを淹れる準備始めた。

さぎりが部屋の中から俺に声をかけた。

「詩乃、こんなに仕事してたの?すごいね!」

俺も少し大きな声で答える。

『おぉ、ここ半年くらいで結構増えてきたんだよ。』

さぎりは部屋の中で独り言のようにへぇーとかすごいなーとか言っていた。

慌てて淹れたコーヒーを、2人分持って俺も部屋に入る。

『コーヒー淹れたよ。座ろう。』

「うん、ありがとう。」

2人でテーブルを挟んで向かい合った。

ほとんど同時にコーヒーを啜る。

『どうしてたんだ?この1年』

「うん、話せば長くなるけど、まずは、ちゃんと病気を治そうと思ったの。」

俺は、黙って先を促した。

「ちゃんと通院して、親と、翔子と由美にだけは話した。ちょっと、怖かったけど」

『そうか、怖かっただろうけど、それはよかったな』

「うん、詩乃にもたくさん迷惑かけちゃってごめんね」

『そんなことは、もういいんだよ』

「詩乃は?どうしてたの?」

『俺は相変わらずだよ。仕事して、勉強して、たまに遊んで』

「器用なんだね。相変わらず。」

嫌味のない言い方だった。少しだけ、ほっとした。

『サークルはどうなんだ?』

「うん、結構難しいかも。誰も辞めてないけど、ほとんど増えてないし」

『新しくなにかを始めるのは大変だよ。でも上手く行ってる方だと思うぞ?それだけ人数いるのに』

「ありがとう。皆が強力的だからできるんだよ。」

『そうか。でもそれは、さぎりの人徳でもある。自信を持っていいんじゃないか?』

『そう言えばな』

と前置きして続けた。

『引っ越そうと思っている』

「え?」

さぎりの顔が急に強張った。

悪い、言う順番を間違えた。

『ごめん、言い方が悪かった。まだ内緒なんだけど、俺、出版社に就職することになったんだ』

「え!?嘘!すごいじゃん!!」

さっきまで強張っていた表情は一気に笑顔になった。

さぎりらしいなと思った。

『ありがとう。まぁ、在学中は契約社員だけどな』

「えー!?在学中から働くの!?いや、まぁでも詩乃の場合は今もそんな感じか」

どうやら全面的にさぎりらしさを取り戻したみたいだ。

この1年、距離をおいてよかったのかもしれない。

「ん?どうしたの?」

『いや、なんか、さぎりらしいなと思って。』

「なにそれ?」

『よかったな。元気になって』

不覚にも少し潤んだ。

「うん。ありがとう」

さて、今日はまだまだ話すぞ!
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