君との恋の物語-Red Pierce-
彷徨う
せっかくの夏休みは、合宿免許と中断した旅行と生まれて初めて感じた孤独と、勉強と仕事でいっぱいになり、あっという間に終わった。

遊びに行こうかとも思ったが、やめた。
どうせ今は誰に会ってもいい顔はできないからだ。

大学の授業は、厳密に言うと9月から始まっているが、通常の授業ではなく集中講義だ。
この集中講義はほとんどが教員免許
取得者のための授業なので、俺は履修していない。

今回ばかりは、履修してなくて正解だった。
さぎりは教員免許取得のための授業は全て履修している。
今の中途半端な状態では正直会いたくない。
こんな状態であってしまってたら、ただ気まずいだけだと思う。

幸いなことに、授業や遊びの予定がなくたって俺にはやることが山ほどあった。
これは、非公開の話だが、歴史を題材にした四半期に一度刊行されている雑誌に、【歴史の豆知識】という小さなコーナーがある。実はこのコーナーの題材を、今回から出版社に提供することになったのだ。飽くまでも、俺がやることは題材を選んで簡単な資料にするだけだが、これは意外と難しい。
まず、原稿自体が短いため、資料もそんなに量があってはいけない。
それに、四半期の雑誌だからといって、直近で必要な分だけ提出するわけでもない。
これは、加藤さんから言われたことだ
「小さなコーナーで使える原稿というのは、あればあっただけ他の雑誌や本に載せるネタとしても役に立てる時が多いんだよ。社内に詩乃君のフォルダーを作ったから、そこに整理してどんどん入れていってほしい。チェックはこちらでして、使えそうなら豆知識以外でも使わせてもらうよ。もちろん、その都度報酬は払うから。それと、時間があったら題材を使って自分で原稿を書いてみるといいよ。もし使えそうならそのまま使うから。そうなるには少し時間がかかると思うけど、こういうのは慣れも大事だから。お願いしますよ、片桐先生。」

だそうだ。



朝は大体7時から8時頃に起き、朝食を済ませたらそのまま仕事にかかるか、散歩に出る。
今日は、昨日の原稿の続きを書き上げたいので早速仕事にかかった。
9月に入ったというのに朝の段階で30度近い気温だ。
弱めに冷房をかけて仕事用の机に向かった。
引っ越したばかりの時にはまだ原稿や資料も少なかったが、今では整理しきれずに積み重なっている。
近々押し入れを整理して資料整理用のボックスを買ってこないと。

夏休みを利用して集中的に勉強した甲斐あって、雑誌用の題材には困ることがなかった。
今あるノートだけでも20くらいは題材にできる。ただ、資料化するのは結構手間がかかる。
俺は、一旦勉強はストップして仕事に集中することにした。

今日の予定は、午前中に残っている校正の仕事を終わらせ、午後は題材の資料化、時間と体力があれば資料から原稿も書き始めてみるか。
などと考えていてふと思った。

俺、物書きできてるんじゃないか?
まぁ、自分の原稿がないから物書きとは言えないかもしれないけど…。
収入としては生活費だけなら十分だし、もし原稿を書かせてもらえるようになったら、家賃を含めてもぎりぎり生きていけるかもしれない。
いや、焦らずいこう。
仮に収入が十分になったとしても、イコール大学を辞めるというのは早計だ。
学歴だって、重要なステータスだからな。
それに、そもそもこんなに集中していられるのも、【学生だから】という後ろ盾があるからだ。
何もなく、ただ毎日校正と資料作りだけやっていたら、いつでも明日の心配をしているだろう。

ひとまずはお金の心配をしなくていいこの状況を大事にしよう。
お金だって、余るなら貯めておけばいいんだからな。

さて、仕事仕事。





校正の仕事は、思ったより時間がかかり、終わった時には13時を回っていた。



休憩することにして、キッチンに入った。
買い置きしておいた焼きそばがあったので、適当に切った野菜と一緒に作った。
普段食べるものは、特別うまい物である必要はない。
普通でいい。

昼食を摂ったら一度シャワーを浴びた。
食事後は眠くなるので少し横になった。

携帯は全然鳴らなくなった。

それもそうか、さぎりがいないんだから。

今は考えたらだめだ。
考えるなら、せめて仕事を終えてからにしよう。

そう思ってすぐ仕事を始めた。

俺は、大量の付箋が貼ってあるノートを開いた。
既に資料化した題材もたくさんある中で、今から資料化する題材を選んだ。
ただまとめるだけなら文章だけでいいが、俺は、なるべくわかりやすくするためにパワーポイントを使っている。
出版社の社内システムには電子書籍があるので、参考文献の切り抜きも簡単に作れる。
完成した資料を後から読んだ人がわかりやすいように作ろうとするとそれなりに時間も労力もかかるが、仕事である以上はこのくらいやって然るべきだろう。
むしろ、今の年齢でここまで重要な仕事をさせてもらっているんだ、全力を出しても足りていないかもしれない。

よし、今日はこれにしよう。
















何時間経ったかわからないが、外は薄暗くなっていた。


…嫌な時間に区切りがついてしまったな。

俺は、この時間帯、というよりこのくらいの薄暗さが苦手になっていた。

というのも、俺が初めて1人で酒を飲んだ日を思い出すからだ。

一人暮らしになって、仕事や勉強に集中できるようになったのは良いが、その分どうしても孤独を感じやすくなる。

そもそも、元々はさぎりと会いやすくするためというのもあって一人暮らしを始めたのに、当のさぎりとは距離を置いたままだ。

これでは何の意味もない。

とすら思ってしまう。実際、仕事は捗っているんだから意味はあるけど。

もうすぐ1ヶ月が経とうとしている。

さぎりはどうやって決着をつけるつもりなんだろう?

正直こんなに時間がかかると思っていなかった。

今頃何をしているんだろうか?


…こういうことを考えると、どんどん悪いことばかり考えるようになる。

もしかしたら、もう他の人と…とか。

さぎりのことは信用している。

でも、一緒にいることでしか埋められないこともある。

これは事実だろう。

考え出したらキリがないので、こういうときは気分が変わるようなことをするに限る。

俺は、実家に行くことにした。

「あれ?詩乃?帰ってきたの?」
母親だ。

『うん、悪い、車借りるよ。』

「え?まぁいいけど、今から?」

俺は、返事もそこそこに車の鍵を持って実家を出た。

車に乗り込んで、ゆっくり駐車場を出た。





そのまま、小山方面へ向かった。

特に理由はない。

例えば、もしかしたらさぎりに会えるかもしれないとか、そういうことはなにも考えてなかった。

そう言えば、俺がさぎりを迎えに行くことはあっても、さぎりが俺を迎えにきたことはなかったな。



…また嫌なことを考えた。

もうやめよう。運転に集中しないと。

小山までは、下道だと1時間弱くらいだった。


着いたはいいけど、行き先は決めてなかった。

いいか、ハーベストあたりで。

ハーベストはまだ営業中で、降りてもすることがないのでそのまま車にいた。

そうだ、まだ夕飯食べてなかったな。

変に誰かに会っても気まずいだけだと思い、ファーストフードをテイクアウトで買って車で食べた。

俺はなにをやってるんだか。

『時間をかけていいから気持ちを整理するといい』

そう言ったのは俺なんだ。

待たされたってなにも言えないだろうに。

結局、不安を感じて、一人でふらふらしてる。

俺は、自分のこういう女々しいところがあまり好きではない。

今俺がなにを考えたって意味はないんだ。

だったら考えるのをやめればいい。

なのにやめることができない。

それは、不安だからなんだと思う。

俺がさぎりのことを考えないでいたら、さぎりも俺のことを考え無くなるんじゃないかって。

そんなの、関係ないはずなんだけどな。

さぎり…。

今どこにいるんだよ。

俺はいつまで待ってたらいい?

どこに行ったらいい?

それはお前にしか教えてもらえないんだ。

帰ってきてくれよ。





……



………



結局また無駄な時間を過ごしてしまった。

もう帰ろう。

そう言えば全然休みを取ってなかった。

明日は休みにしよう。

今日帰って、映画でも観ようかな。











そしてまたゆっくりと車を出した。




家に帰ってきたのは、21時くらいだった。

俺は、何も考えずにいられるよう、コメディアニメの映画を観ることにした。

大して笑えはしなかったけど、ないよりましだった。

風呂に入って、すぐに寝ることにした。
























気がつくと、さぎりに告白した、河川敷にいた。
明け方のように霧がかかっていて、暑くも寒くもない気温だった。

川が流れる音は、何故か一切聞こえない。



…詩乃




ん?



小さいけど、遠くからはっきりと聞こえた。





さぎり?
















「詩乃」

今度は耳元ではっきりと聴こえた。

びっくりして振り返ると、誰もいなかった。


「待たせてごめんね。もうすぐ、会えるから」



え?

もう一度振り返ろうとしたら目が覚めた。



夢か。



夢と同じくらいの、明け方の時間帯だった。

今、何時だ?

携帯を取ろうと枕元に手を伸ばしたが、見つからない。

あぁ、多分机に置きっぱなしにしてしまったんだな。

気にせず眠ればよかったんだけど、なぜか身体を起こして携帯を取りに行った。

開いてみると、メールが来ていた。



































!!

















さぎりからだった。
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