酒飲み女子がどきどきさせられてます
side 八木敏樹・1
新入社員研修
「こんにちは。今回、新入社員研修の企画会議研修を担当します、香坂優子と申します。入社2年目で、企画2課で働いています」
研修初日の今日。
新入社員の俺、八木敏樹は郊外のレンタル研修施設にある広い会議室に座っていた。
室内には15人の新入社員が背筋を伸ばし、緊張した様子で優子を見つめていた。
50人弱の新入社員は3つのグループに分かれて順番にいろんな部署の研修をうけるのだ。
俺も新入社員らしく、真新しいスーツを着、姿勢を正していた。
「香坂優子」と名乗った女性は会議室の中央に立ち、マイクを持ち、少し上がった大きな目で新入社員の顔をゆっくりと見渡しながら、にこやかに話していた。
『実際に働く部署が企画でない方もいらっしゃると思います。いろいろな部署を経験して、この会社についてしっかり理解し、今後の仕事に役立てていってほしいと思っています。そんなつもりでこの研修を受けてください。では、企画部研修、3日間。よろしくお願いします』
優子は背中の中央あたりまであるブラウンのふわふわした髪を後ろでバレッタで止めていた。
背は高くすらっとしていた。姿勢もよく、ライトベージュのスーツから伸びた細い脚とハイヒールの彼女は「きれいなお姉さん」で、美人な先輩と一緒に3日間の研修を受けれることにラッキーだと思った。
当時の俺はまだ学生気分が抜けていなかった。自他ともに認める高い顔面偏差値のおかげで女の子受けもよかった。
香坂優子の話の後、テーマに合わせた企画を立てる研修が始まった。
新入社員5人と先輩社員1人ずつの6人1グループとなり話し合うという。
俺たちの班のテーマは『小学校の九九学習の企画』だ。
最初に話し始めたの男性新入社員が司会をしていたのだが、自分の意見を通そうとするあまり、ほかの人の意見はダメ出しをしてだんだん発言がなくなってきた。
「まだ、企画会議は始まったばかりなんだから、まずはみんなの考えを聞いてみたらどうかな?」
とやんわりと忠告してみるが、
「は?でも効率よく子供に九九を覚えさせるならこれが一番効率的じゃないか。僕はこうやって覚えた」
と言ってくる始末だ。
もめたいわけではないが、このままでは一人で規格を立てていることと同じではないか。
チームミーティングをする意味とか考えないのだろうかと、いらいらしてくるのをぐっと堪えて、みんなの意見を求めることにした。
「僕は歌で覚えたよ。歌で覚えるから、勉強って感じじゃなくて楽しく覚えられたよ。田中さんはどうやって覚えたの?」
俺は各自の胸に付けられた大きなネームシールを見て話を振った。
「私はひたすら言い続けて覚えました。全く面白くなかったですね」
「確かに面白味はないかも。それで覚えられた?」
「覚えたことは覚えましたけど、時間はかかった気がします」
「僕は2つ上の姉の学校ごっこに付き合わされてたら覚えてしまってて」
「木村君が児童役ってこと?」
「そう。repeat after me的な。だから姉が間違えて覚えたのをそのまま覚えてて大変だった」
あはははは。
周囲から笑いが出てきた。それを聞いて俺はいいぞって思った。
「私はお風呂で壁に表を貼ってました」
「へー。お風呂場で?」
「はい。浸かってるときに親と一緒に」
「リラックスできるから記憶するのによかったりするのかな?」
と、だんだんとみんなが話を再開し始めた。みんなこの空気を換えたいと思っていたのだろう。うなずいたり積極的に話す方向へもっていこうとしていることがうかがえた。
そんな時。
「でもさー」
と、またアイツが横から発言してきた。
「でもさ、それじゃ親と一緒にお風呂に入らない子は覚えられないじゃないか!シャワーの家だってあるだろうし!アパートで歌うと苦情が来ることだってあるだろうし!」
みんなの顔がまた曇ってしまった。
「まじかよ、、、」
誰かがぼそりと呟いた声が響いた。
びりっ
びりっ
静まり切ってしまった空気を引きちぎるかのような、音が響いた。
見ると香坂優子がノート破っていた。
破られたノートの1ページ1ページに大きく何かが書かれていた。
「はい、これが今まで皆さんから実践した覚え方です。いろいろあってどれも面白いですよね」
みんなが破られたそれを手に取って見る。
「皆さんはそれぞれが違う人であり、違う意見を持っていて当然です。
それは顧客となる生徒さんや保護者の人も一緒です。だから、ニーズも多様ですし、どの意見が正しく、どの意見が間違っているということはありません。
今のように実体験を聞くのは面白かったんじゃないですか?」
香坂優子はぐるりを見渡し笑顔で話を続けた。
「はい。九九を覚えるという一つのことに対して、みんな違っていて興味深かったです」
と答えると、香坂優子は俺を見つめてにっこり笑った。
「私もそう思いました。
まず、いろいろな考えを自由に出し合ってはどうでしょう。
そのなかで、今回のテーマに最もそっていると思われるものを根拠をもとに選ぶとか。
一見意味のないようなことだとしても、意外と役に立つこともありますし、その逆もしかりです。
もちろん、否定的意見も意見の1つなので発してもよいでしょう。
ただ、私は否定されることは怖いので、ちょっと嫌かな」
全員が無言で優子を見つめていた。
「ってことで、コーヒータイムにしませんか?チョコ持ってきたんですよねー。気分を変えて15分後に再開でーす」
と、優子がそれまでと違う、満面の笑みで大来な袋を取り出した。
中にはチョコだけでなくお煎餅やクッキーなども入っていた。
「糖分、大事でーす!みんな食べてねー!」
みんなが変わった空気にホッとし、思い思いに話しながら立ち上がり、後方に用意されたドリンクを飲んだ。
俺は香坂優子と話してみたいと思った。コーヒーを二つ持ち、数歩歩いたところで呼び止められた。
「八木君。いいかな」
振り返ると背の高い細身の男性社員が近づいてきた。落ち着いた様子に新入社員ではないとすぐに分かる。
自分の名前を知っていることにやや驚いたが、彼が自分の首から下げた「口田」の名前プレートをちょっと持ち上げて見せたことから納得した。
スーツが着慣れたこの男は、銀のフレームの眼鏡をかけていて、その奥の切れ長な瞳は冷静で仕事ができそうな雰囲気を醸し出していた。確か3グループの様子をメモを取りながらぐるぐると回っていたはずだ。
口田にここまでの感想を聞かれ、空気を読んで話を振っていたところを褒められた。
お礼を言いつつ、視線は香坂優子を追っていた。
彼女は人の意見を否定ばかりしていた奴のところへ行ってにこやかに話している。
「気になる?」
「え?」
口田は香坂優子たちの方を目で合図した。
「香坂、、、指導社員の香坂は、あの新人君のフォローしてるんだよ」
「フォローですか?」
「そう。みんなの前で否定すんなって注意しちゃっただろう?
厳しい入社試験を突破してここにいるんだ。
ある程度高い学力があるはずだし、プライドが高いことは君も想像できるでしょ。
さっき壊されたプライドを作り直す。
その上でこうすればより良いっていうアドバイスをする。
多分今頃奴のいいところを褒め殺してるとこだろう。
そうだな、、、自分の意見を恐れず自信をもって言うところは素晴らしいとかなんとか。
とはいえ、そろそろ香坂さんが危ないから助けてくるよ」
「危ない?」
「そう。彼の顔が赤くなってる」
とにやりと笑うと、
「こういう時、男って惚れちゃうもんだろ?」
というと立ち去って行った。
口田は香坂優子達の間に自然と立った。
その左手は彼女の背に回っていて、二人の親密さをそれとなくあらわしていた。
俺ははいら立ちを感じるのだった、
研修初日の今日。
新入社員の俺、八木敏樹は郊外のレンタル研修施設にある広い会議室に座っていた。
室内には15人の新入社員が背筋を伸ばし、緊張した様子で優子を見つめていた。
50人弱の新入社員は3つのグループに分かれて順番にいろんな部署の研修をうけるのだ。
俺も新入社員らしく、真新しいスーツを着、姿勢を正していた。
「香坂優子」と名乗った女性は会議室の中央に立ち、マイクを持ち、少し上がった大きな目で新入社員の顔をゆっくりと見渡しながら、にこやかに話していた。
『実際に働く部署が企画でない方もいらっしゃると思います。いろいろな部署を経験して、この会社についてしっかり理解し、今後の仕事に役立てていってほしいと思っています。そんなつもりでこの研修を受けてください。では、企画部研修、3日間。よろしくお願いします』
優子は背中の中央あたりまであるブラウンのふわふわした髪を後ろでバレッタで止めていた。
背は高くすらっとしていた。姿勢もよく、ライトベージュのスーツから伸びた細い脚とハイヒールの彼女は「きれいなお姉さん」で、美人な先輩と一緒に3日間の研修を受けれることにラッキーだと思った。
当時の俺はまだ学生気分が抜けていなかった。自他ともに認める高い顔面偏差値のおかげで女の子受けもよかった。
香坂優子の話の後、テーマに合わせた企画を立てる研修が始まった。
新入社員5人と先輩社員1人ずつの6人1グループとなり話し合うという。
俺たちの班のテーマは『小学校の九九学習の企画』だ。
最初に話し始めたの男性新入社員が司会をしていたのだが、自分の意見を通そうとするあまり、ほかの人の意見はダメ出しをしてだんだん発言がなくなってきた。
「まだ、企画会議は始まったばかりなんだから、まずはみんなの考えを聞いてみたらどうかな?」
とやんわりと忠告してみるが、
「は?でも効率よく子供に九九を覚えさせるならこれが一番効率的じゃないか。僕はこうやって覚えた」
と言ってくる始末だ。
もめたいわけではないが、このままでは一人で規格を立てていることと同じではないか。
チームミーティングをする意味とか考えないのだろうかと、いらいらしてくるのをぐっと堪えて、みんなの意見を求めることにした。
「僕は歌で覚えたよ。歌で覚えるから、勉強って感じじゃなくて楽しく覚えられたよ。田中さんはどうやって覚えたの?」
俺は各自の胸に付けられた大きなネームシールを見て話を振った。
「私はひたすら言い続けて覚えました。全く面白くなかったですね」
「確かに面白味はないかも。それで覚えられた?」
「覚えたことは覚えましたけど、時間はかかった気がします」
「僕は2つ上の姉の学校ごっこに付き合わされてたら覚えてしまってて」
「木村君が児童役ってこと?」
「そう。repeat after me的な。だから姉が間違えて覚えたのをそのまま覚えてて大変だった」
あはははは。
周囲から笑いが出てきた。それを聞いて俺はいいぞって思った。
「私はお風呂で壁に表を貼ってました」
「へー。お風呂場で?」
「はい。浸かってるときに親と一緒に」
「リラックスできるから記憶するのによかったりするのかな?」
と、だんだんとみんなが話を再開し始めた。みんなこの空気を換えたいと思っていたのだろう。うなずいたり積極的に話す方向へもっていこうとしていることがうかがえた。
そんな時。
「でもさー」
と、またアイツが横から発言してきた。
「でもさ、それじゃ親と一緒にお風呂に入らない子は覚えられないじゃないか!シャワーの家だってあるだろうし!アパートで歌うと苦情が来ることだってあるだろうし!」
みんなの顔がまた曇ってしまった。
「まじかよ、、、」
誰かがぼそりと呟いた声が響いた。
びりっ
びりっ
静まり切ってしまった空気を引きちぎるかのような、音が響いた。
見ると香坂優子がノート破っていた。
破られたノートの1ページ1ページに大きく何かが書かれていた。
「はい、これが今まで皆さんから実践した覚え方です。いろいろあってどれも面白いですよね」
みんなが破られたそれを手に取って見る。
「皆さんはそれぞれが違う人であり、違う意見を持っていて当然です。
それは顧客となる生徒さんや保護者の人も一緒です。だから、ニーズも多様ですし、どの意見が正しく、どの意見が間違っているということはありません。
今のように実体験を聞くのは面白かったんじゃないですか?」
香坂優子はぐるりを見渡し笑顔で話を続けた。
「はい。九九を覚えるという一つのことに対して、みんな違っていて興味深かったです」
と答えると、香坂優子は俺を見つめてにっこり笑った。
「私もそう思いました。
まず、いろいろな考えを自由に出し合ってはどうでしょう。
そのなかで、今回のテーマに最もそっていると思われるものを根拠をもとに選ぶとか。
一見意味のないようなことだとしても、意外と役に立つこともありますし、その逆もしかりです。
もちろん、否定的意見も意見の1つなので発してもよいでしょう。
ただ、私は否定されることは怖いので、ちょっと嫌かな」
全員が無言で優子を見つめていた。
「ってことで、コーヒータイムにしませんか?チョコ持ってきたんですよねー。気分を変えて15分後に再開でーす」
と、優子がそれまでと違う、満面の笑みで大来な袋を取り出した。
中にはチョコだけでなくお煎餅やクッキーなども入っていた。
「糖分、大事でーす!みんな食べてねー!」
みんなが変わった空気にホッとし、思い思いに話しながら立ち上がり、後方に用意されたドリンクを飲んだ。
俺は香坂優子と話してみたいと思った。コーヒーを二つ持ち、数歩歩いたところで呼び止められた。
「八木君。いいかな」
振り返ると背の高い細身の男性社員が近づいてきた。落ち着いた様子に新入社員ではないとすぐに分かる。
自分の名前を知っていることにやや驚いたが、彼が自分の首から下げた「口田」の名前プレートをちょっと持ち上げて見せたことから納得した。
スーツが着慣れたこの男は、銀のフレームの眼鏡をかけていて、その奥の切れ長な瞳は冷静で仕事ができそうな雰囲気を醸し出していた。確か3グループの様子をメモを取りながらぐるぐると回っていたはずだ。
口田にここまでの感想を聞かれ、空気を読んで話を振っていたところを褒められた。
お礼を言いつつ、視線は香坂優子を追っていた。
彼女は人の意見を否定ばかりしていた奴のところへ行ってにこやかに話している。
「気になる?」
「え?」
口田は香坂優子たちの方を目で合図した。
「香坂、、、指導社員の香坂は、あの新人君のフォローしてるんだよ」
「フォローですか?」
「そう。みんなの前で否定すんなって注意しちゃっただろう?
厳しい入社試験を突破してここにいるんだ。
ある程度高い学力があるはずだし、プライドが高いことは君も想像できるでしょ。
さっき壊されたプライドを作り直す。
その上でこうすればより良いっていうアドバイスをする。
多分今頃奴のいいところを褒め殺してるとこだろう。
そうだな、、、自分の意見を恐れず自信をもって言うところは素晴らしいとかなんとか。
とはいえ、そろそろ香坂さんが危ないから助けてくるよ」
「危ない?」
「そう。彼の顔が赤くなってる」
とにやりと笑うと、
「こういう時、男って惚れちゃうもんだろ?」
というと立ち去って行った。
口田は香坂優子達の間に自然と立った。
その左手は彼女の背に回っていて、二人の親密さをそれとなくあらわしていた。
俺ははいら立ちを感じるのだった、
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