酒飲み女子がどきどきさせられてます
「ねえ、なんでサバみそ?」
「?好きだからですけど。サバ苦手なんですか?おいしいんですよ、ここの」
「知ってますよ、ここのサバみそがおいしいってことは」
「香坂さんが注文した唐揚げ定食もおいしいですよね」

この『肉肉屋さん』の1番人気メニューはその店名からも想像できるように焼肉定食だ。次いで唐揚げ定食。
お手頃価格なのに量が多く、味もおいしいと人気の店である。
今は昼食には遅い時間だったが、店内には4,5組の会社員の姿があった。

八木はサバの味噌煮定食を注文した。優子は大盛唐揚げ定食を注文した。

そして、優子は悩んでいた。

(なぜ、『サバ』を注文したのだ?)

腕を組んでじっと八木を見た。八木は
「じっと見つめてなんです?」
と言いながらコップに水を継いでいる。

優子は基本的に二人きりで食事をするのが苦手である。
食べている時の会話のない間が耐えられないのである。
無理やり話そうとするから、よく噛まずに飲み込まなくてはならなくなってしまう。それに共通のネタがあるとは限らない。

(二人ということはどっちかがしゃべらなくてはいけないのだ。
つまり二人で食事というのはかなりハードルが高いものだと思う。
それでも後輩の八木が一緒に肉を食べたいというからランチに来たのだ。
なのに、サバみそって、、、、サバみそって、、、、肉じゃないのか?)


「ねえ、八木君」
「はい?」
「八木君は、、、お肉じゃなくてもーいいの、、、かな?」
「なぜです?」

人様の注文したメニューに質問するなどなかなか失礼なことだろうと思い、言葉を選びつつ尋ねるものだから、優子はしどろもどろになっていた。

「知ってるよ、サバみそがおいしいってことは。
でもね。
さっき『がっつりお肉食べたいー』→『いいですねえー』→『じゃあ一緒に肉食べますかー』やじ「肉肉屋さんー』の流れだったじゃない?
なのに、なんでさば?肉への情熱は?」

「ははっ。肉への情熱って」

八木は面白そうに目を輝かせている。

「香坂さんは肉への情熱が半端ないんですか?」
「うん。お肉大好き。って、いやいや、そうではなくて」
「?」

優子はきょろきょろっと周りを見て、おいでおいでと向かいに座る八木に手招きをした。
二人は前かがみになって顔を近づけた。

「だってさ、お魚なら会社の裏にもおいしいとこあるでしょ」

定員さんに聞こえないように小声で話した。

「何言ってんですか。そしたら香坂さんとごはん一緒に食べられないじゃないですか」
「え!!!」

びっくりして少し飛び上がって姿勢を直してしまった。
八木は口元に手をやりくっくっと笑っている。

「僕は香坂さんと一緒にご飯が食べたかったので、『お腹すいた』→『いいですねー』→『一緒に食べようかー』でサバみそです」
「え?」
「別にお肉目当てで香坂さんとごはんに来たんじゃないです。
僕にとっては何を食べるかより、誰と食べるかが大事です」

優子が固まっていると
「お待たせしましたー。サバみそ定食と大盛唐揚げ定食ですー」
いつもより早く定食が出てきた。

「はい」
と割り箸を渡す八木は、ものすごい笑顔を向けた。そして一言。


「香坂さんと一緒に食べたかったんです」


優子の脈拍は爆上がりだった。



驚きのあまり受けとった箸を持ったまま固まっていたら、サバを一口分をほぐして差し出してきた。

「さば、食べます?」
「唐揚げ、食べます」
「じっと見てたから、サバが食べたいのかと思いました」
「、、、。私さ」

唐揚げをほおばりながら話し始める。

「?」
「『肉肉屋さん』ってくらいだからお肉食べたいときしたここに来なかったんだけど」
「はい」
「サバもおいしいの?」

ふっと八木は笑い、

「やっぱり食べたいんじゃないですか」
「いやいや。そういうわけではなく、、、ちょっと気になる」

八木は一口分をほぐし、
「はい」
とまるで彼女にあーんと食べさせるみたいに差し出してきた。一瞬口を開けそうになったが
「いや、ダメダメ」
とお断りする。
「ははははっ惜しい!」
「なにがよ!なんか、八木君、いちいち甘い!」
「なんですかそれ!」

と笑いながら食事を再開させた。
八木はお椀と箸の持ち方がきれいで、魚の骨を器用に取り除いていく。

「すごく、きれいに魚食べるね」
「あー。うち、子供の頃、金曜日は魚の日でした。骨のある魚を食べる日」
「えー?なにそれ」

八木と二人きりのランチは楽しかった。
会話がなくなって間がつらいと感じることもない。必死にネタを探したわけではないのに、共通の話題が尽きることもなく続いた。
ゆっくり食べるし、ゆっくり話せた。


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