動いてよ、きみ
〝お前はいつも準備が足りない〟
「準備?」
〝体操するだろ。ストレッチだよ。海に入るとき、プールで泳ぐとき。運動をする前、通常、人は自分の身体に一声かけるんだ〟
「どうやって?」
〝それが合図になる。屈伸でもいい。ジャンプでも。おおい。今から動かすぞ。頼むぞ赤血球、頼むぞ白血球、頼みますよ心臓さまってな〟
「心臓だけ別格だ」
〝当たり前だろ。全ての命の根源だ。おれが止まったら、全部終いだ〟
「脳みそは?」
〝脳みそは…脳みそさんって感じだな〟
「きみが社長なら、脳みそは副社長?」
〝甲乙つけ難いんだよ。どっちも大事だ。お互いリスペクトしてる。おれは筋肉の塊で、あちらさんは神経の塊だ。学がある。ただ、おれが止まったらあちらさんも動かなくなるわけで、だから実質おれの方がすごいわな〟
「それは、脳味噌に言い付けてもいい?」
〝お前結構いい性格してるよな〟
そうかなぁ、と少しだけ照れ笑いをする。
ベッドの上、白い天井。その模様を眺めながら上下に胸を動かして。その呼吸が時代に落ち着いてきたとわかったら、すこしだけ寒気がした。
蹴飛ばした毛布はベッドの下に落ちていて、動こうにも動けない。心臓に取って、と提案しようとしたら、出来るわけねえだろクソが、と悪態をつかれた。ぼくは、来世に心臓を授かる生物になれるなら、可愛らしいこえをした、アイドル風の女の子のこえがいい。
よるのなかには星が降る。
くらい。くらい病室の14歳。
まるで小児病棟のように彩られた天井の煌めきは、過去、小学6年生の頃、26度目の病院進出を果たしてから、もう二度とここから帰られないとしったよる。ないて、ないて、涙を光で照らすため、そらに星を散りばめた。
ほんとうの夜にはきっともう出会えない。
ぼくの病室の天井に光る、これは、ウォールステッカーのこと。
「心臓がいたいとき、きみはいつも泣いている?」
〝おれはそう簡単に泣かないよ〟
「取り外したくなったとき、ぼくはいつもきみが疎ましいんだ」
〝ひどいやつ、生まれてからずっと一緒にいるってのに〟
「でもきみは弱いよね」