動いてよ、きみ
「ぼくよりずっとよわいよね」
憎らしく悍ましい。こころが壊れるたび、この胸の髄を打つ、きみを何度止めようと思ったか。学校。学校で。あとすこし、もうすこし。勇気を出して、だれかといた。輪の中、形成する。社会、社会に一歩踏み出した。病弱な僕なんかを快く受け入れてくれた同級生の男の子たち。その子たちと家でゲームをするために。
学校が終わって、ランドセルを背負って、そう。いえ。家まで競争な、びり、びりのやつにゲームはさせない、親が帰ってくるのを玄関で見張る係。それだけはごめんだと、あの子たちが陰でひっそりと笑うなか。必死で僕もひかりのなかに駆け出した。
夕焼けこやけ。またあした。
夕焼けこやけ。またあした。
あした。
あしたは、
あしたとは。
今日となかなか、僕の場合、手を繋ぐことができない。
信じられない鼠の心臓、言い知れぬ不安に駆られる暮れ。夕方、暑い熱。焼け付くような暑さ、拍動にびりっけつになったぼくは、そのまま見えなくなった同級生の背中を追いかけるのを諦めて、自宅のキッチンのそこにいた。
この煩わしい心臓はいっそ抉り出してしまおう。
この弱々しく猛々しい。痛むばかりで傷によわい。走っては嘆き、挫け。
もう立ち上がれないと泣く。
顔面を涙で濡らしながら包丁の切っ先を心臓に突き立てていっそ生きたまま剥がしたらきっとぼくはうまくいく。
きっとぼくはうまくいく。
明日、明日とも。明日ともうまく手を繋げる。
そう一思いに振り翳した包丁すら、ぼくを呼んだ。
その声が、お母さんの声が、ぼくを許してくれなかった。
「誰に泣き付いたらいい?」
〝恨むなら、おれじゃなくてお前の母親だろ〟
「お母さん?」
〝お母さん、或いは、お父さん?〟
「ふたりとも、なぜか、心臓はつよいんだ」
〝ふうん、じゃあお前は運がなかったんだな〟
「傷に弱いしね、すぐ泣くし、嫌いなものは見ていたくない、消えてしまえと思ってる。今日もさ。嫌なものには消えてほしい、きらい、煩わしい」
〝王の君、おまえ、それは誰のこと〟
「ぼくを傷つける世界のこと」