動いてよ、きみ
「君くん」
拍動だけがぼくを繋ぎ止めている。
「もっと楽しい話をしようよ」
〝おまえがひとりで闇堕ちしたんだろ〟
「ねえきみ、心臓くん。恋は? 恋をしたことはある?」
〝お前、厄介だな。そんなもんしたら、早死にだって、抑制されているくせに〟
「赤血球や白血球も、いま、どうせ夢の中なんだ。ぼくと話をしてくれてもいいのにね」
〝余裕がない。必死だ。お前を繋ぎ止めようとして〟
「声はかわいい?」
〝思春期め、おい、王の君、猛々しくいろ。弱々しいくせに、いっぱしに、何をそこまで誰かに付き従っている〟
「看護師さんは、やさしくてかわいいよ」
〝どこまでも気色悪いな、お前〟
やさしくて、可愛らしい。いい匂いがする、看護師さん。看護師さんたちが、白衣の天使が世界を舞い、ぼくの視界を横切って幸せを散らすたび、なぜ、とぼくの心臓は騒ついた。なぜ。なぜ。何故だろう。
あの羽は生を穿つ。あの羽は、ぼくを明日に連れて行く。
ぼくが明日を断ったら?
ぼくが明日に向かいたくないと笑ったら。
あの笑顔は、壊れ、或いは少し奇妙な顔で、ぼくを退けただろうか。
「息がくるしい、」
〝おまえ、もう休め〟
「いやだ。眠るのは怖いんだ。いや? うそ。怖くない。ただ、今日が黙って終わるなんて、なんだかそれって負けを認めるみたいでいやだ」
〝王の君〟
僕は立つ。今にも気が遠くなりそうな意識のもと、病室の窓、そのサッシに足を引っ掛け、前に身を乗り出し、そして外に落っこちる。草の中に堕ちた。息は荒く、脂汗はひかない。風穴が空いたように重く、生きているかも疑わしい。この胸の痛みがその証拠で、やはり煩わしく、パジャマのポケットからカッターを突き立てたら〝よせよ前科者が〟と罵られた。
ぼくは命の前科者だ。命をうばう。自分から、それすら、罪に問われると言うのだろうか。
ぼくはぼくのものなのに。