恋と旧懐~兎な彼と私~
「あっこの子唯兎くんだ! ……じゃなくて暁くんだ」

「違うよ」

「いや分かってるよ。そうじゃなくて」



名前からそう思ったから,つい名前で言ってしまった。

言い直して,否定されて,私は笑う。

柔らかいピンク色のウサギは,やっぱり暁くんにそっくりだと思った。



「あの,私も……」



タイミング掴めなくて困ったけど,今なら自然に渡せるはず。



「なに? これ」

「えと,クリスマスだし……栞のプレゼントです。暁くんも本読むでしょ?」



高くないし,無難でいいかなと思って。



「……なんで知ってんの。俺愛深に会ってから学校で読んでたことないよね」

「そ,れは……秘密,です」



予想外の反応に,私は狼狽えた。

私が恋に落ちた日,暁くんが単行本を持って歩いてるのを見たから。

図書室の本じゃなくて,ブックカバーもついてたから,好きなのかと思って。

別れ際。

あいさつをする。

後ろ髪引かれる思いで背を向けると,頭の辺りを風が切ったような気がした。



「? 何かした?」

「い,いや……何も」



恥ずかしい。

気のせいだったみたい。

暁くんは何故か右手を見つめて茫然としている。



「えっと,じゃあね?」

「……待って」


今度こそっと背を向けて,今度は本当に呼び止められた。



「なんで……いや,なんでもない。じゃあね」



暁くんは結局何もいわずにスタスタと去っていく。

え、えぇ? 

私も訳が分からないまま帰宅する。

その日の夜はすごく幸せで,夢見もよかった。

胸があたたかくなって,じんわりと,まるで雪が溶けたかのような透明の涙が零れる。

その手には,貰ったばかりの小さなマスコットが握られていた。
< 102 / 161 >

この作品をシェア

pagetop