恋と旧懐~兎な彼と私~
「あっお母さんは?」



急に知らない女子がいたら驚くだろう。

どんな人か,部屋を見て少し聞くのをためらったけど,お邪魔しているなら聞いておかなければいけないと思う。

すると,そこには初めて暁くんと出掛けた日。

プラネタリウムに行った日に,その時の私には踏み込めなかった暁くんがいた。



「……今日は遅くまで帰って来ないと思う」

「おし,ごと?」

「違う」



じゃあ,なんで?

そう,聞かなくちゃいけない。

答えるのを躊躇したのは,答えたくない理由があるから。

それはきっと,急に体調を崩す理由になるはずだ。

それでも答えてくれたのは,きっと,私が少し大きな存在になれたから。

なら,私は。

暁くんが弱ることがあったなら,踏み込まなくちゃいけないのに。

声が,出ない。

触れられたくないはずの場所に触れることが,怖い。



「はぁ。全く,愛深はほんとバカだよね」

「え?」



私の,いつの間にか溜まっていた涙をぬぐいながら,暁くんは笑う。



「ここに来たなら,話,聞いてよ。勝手にしゃべるから」

「……ん,分かった」



ごめんね,なんて言っちゃいけない。

自分から踏み込めなかった私には,そんな資格ないから。
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