恋と旧懐~兎な彼と私~
そこからの会話の記憶は一切ない。

何か一言二言言って別れた気がする。

1人で歩く帰り道。

伊希の姿が見えなくなった途端に



『あ……れ? なに,これ』



涙がぼろぼろこぼれた。

理由の分からない涙なんて初めてで,すごく唐突だった。



『私,伊希のこと好きだったの?』



そうとしか思えなくて,でもそうだと思うには違和感がありすぎた。

私は2週間じっくり考えて,付き合っていると言う2人を眺めて過ごす。

2人は恋人の空気感とかは分かりずらくて,ベタベタしたり笑顔が多いと言うことはなかったけど,交わされる眼差しが,確かに違っていた。

そして,わかった。



『私,寂しかったし怖かったんだ』



そんな結論。

伊希が私の知らない人になって,どこか特別だと思っていた自分がそうではなくて。

いろんな所に連れ出してくれた唯一の人だった伊希を,いつの間にかお兄ちゃんのように思っていた自分を知った。

そして,それがいつまでも続くものではないことにも気がついて。

私が初めて伊希を遠慮する時が来てしまったのだと悟って。

変わらないと思っていた伊希が,既に変わっている現実を突きつけられて。

感覚が一瞬だけ麻痺しただけだった。



< 64 / 161 >

この作品をシェア

pagetop