鬼弁護士は私を甘やかして離さない
「真衣ちゃん、この書類を内容証明で送っておいて」

「真衣ちゃん、2時に来客があるから対応しててもらえる?相続についてだからひとまず聴取しておいて」

「真衣ちゃん……」

もう!忙しすぎる。
他のパラリーガルたちもうちに多数在籍している弁護士のフォローのため走り回っている。
この人数の弁護士を3人で支えるのは至難の業。もちろんそれぞれが優秀な弁護士のため基本的には自分でやれるけれど、それを上回るほどの忙しさで悲鳴をあげそうになる。
もともと小さな弁護士事務所だったようだが噂が評判となり規模を拡大していった。
親身になり身近な問題から相談に乗っているため仕事は多岐に渡る。
そのため私たちもあらゆることに精通していなければならず日々勉強だ。

「小林!ちょっと来い。ここの日付間違ってる!訂正して印を押せ。何度も言わせるな」

「すみません」

唯一といっていいくらい怖いのが咲坂弁護士だ。30と若いがとても優秀で見た目の良さから最近テレビのコメンテーターとして呼ばれることも多いうちのホープだ。
テレビの甘い顔とは違いここでは鬼のように厳しく、なぜか私には特に口うるさくいってくる。

日付のミスなんて他の弁護士ならさっと書き直してくれるのに。他のパラリーガルだったらこんなにキツく言われてないのに。
ついそう言いたくなる。
もちろん間違った私が悪い。けど毎回呼びつけなくてもいいじゃない。

咲坂先生が事務所にいるだけで私は背筋が伸びる思いだ。
常にミスしないように気をつけているけど、咲坂先生がいると緊張から身体が固まり、カチコチになっている。私と2つしか変わらないはずなのに威圧感が強い。

仕事を終え事務所を出た途端、首や腕を回し凝りを和らげようとした。
 
すると後ろからクスクスと笑う声が聞こえた。

「オイ、ボキボキ鳴ってるな。まだ20代なのに凄いな」

「あ、お疲れ様です。すみません、お見苦しいところをお見せして」

「お疲れさん。疲れが溜まってるな。お前今日暇?」

「今日ですか?特に予定はありませんけど」

「なら一緒に飯でも行くか。美味いもん食べたら疲れも取れる」

「え?!」

「ほら、行くぞ」

苦手な咲坂先生にご飯に誘われるなんて思ってもみなかったし、むしろお断りしたい。
疲れが取れるどころかますます疲れそう。
ご飯中にまた怒られたらやってられない。

「いえ、咲坂先生。遠慮します」

「はぁ?暇だって言っただろ?さあ、行くぞ」

そういうと腕を掴まれタクシーに乗せられた。

隣に座ると彼から爽やかなグリーン系の香りがした。
彼の香りが分かるほどこんなに近くで座るのは初めてで緊張した。

10分もせずに着いたのはダイニングバー。
水槽があり中にはクラゲが優雅に泳いでいた。
円柱状の水槽が立ち並びその間にテーブルが置かれているがかなりゆとりを持った座席数でプライベートが守られている。
さすが弁護士先生。
お店のチョイスがオシャレ。
咲坂先生の見た目に合っているが、でも私からすると怖い先生からは想像のつかなかったお店だった。

「凄い…きれい…」

「ほら、座って」

「はい」

促されるまま着席するとメニューを渡されるが私はクラゲから目が離せない。

「何にする?」

「あ、えっと……」

「シェアするの苦手じゃなければ適当に頼む?苦手なものある?」

「苦手なものはないのでお任せします」

そういうとまたクラゲの水槽に魅入っていた。

「小林はこういうの好き?」

「はい。すごく素敵ですね。癒されますね。ずっと見ていられそう」

「ハハハ。俺もこののんびりとした動きに癒されるんだ。でも1人でここには来にくいからさ」

たしかに。
咲坂先生が1人でここにいたらなんていうか哀愁漂う感じになりそう。

「久しぶりにここに来れて良かったよ。ここは飯も美味いしさ」

運ばれてきた料理はどれもとても美味しかった。
普段怒られてばかりで萎縮していたけどプライベートでは話しやすい人なんだと緊張も解けてきた。
自分の話を色々聞かせてくれるけど偉ぶることもなく気さくだと思った。そのうえ私のことも聞き出し上手。さすが弁護士先生。
お酒を少し飲んだこともあり色々話してしまった。
今彼氏がいないことや斗真のことも話してしまった。
咲坂先生は相槌をうまく打ちながら私の引き出しを開けていった。
久しぶりに胸の奥につっかえていたものが少し外れた気がした。

お会計で割り勘を要求するが断られ、ご馳走になった。
そのかわりまたご飯に付き合うよう言われた。
咲坂先生が怖かったはずなのに今日でだいぶ印象が変わった。
いつもの顔とは違ってコロコロと表現を変え、話題豊富な彼に惹かれるものがあった。
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