風雅堂異談
奇の弐 本に付く虫
朝からしとしととそぼ降る雨。
太陽は雲の中、笑顔を覗かせる素振りも無い。


いつもの店内。
主は端正な顔を敢えてしかめっ面にし、茶を啜りながら、読書中。横で眠っているはずの猫二匹は今朝は姿がない。大方、裏のたけばぁさんの所で鰹節のおねだり中であろう。此処だけ時が止まっているかの様な静寂。
その静寂を打ち破る様に…


「はい、ごめんなさいよ。」
入って来たのは、老人である。


読書に夢中な主は気付かない。
主の前に歩を進めた老人は、
「ごほん!」
一つ咳払いする。
虚ろな眼差しを上げた主は、目の前の老人にびっくりし、


「いらっさぃませ~」っと、素っ頓狂な声を上げる。


主の顔を覗き込み、その目を凝視した老人は、
『ほほっ、この男面白い。内なる物はまだ寝てござる。』
心の呟きはおくびにも出さず、
「この店は、古本を買ってくれるそうじゃの?」主に問う。

「はぃはぃ、高値買取いつもニコニコ現金払いでございます。で、本は?」


老人が風呂敷から取り出した本。かなりの年代物であるのは一目瞭然である。表紙は色あせ、一部ボロボロになっている。題名は『異端抄』とある。


主の優は言った。
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