騎士をやめて花嫁修業しろと言われた私は、公爵家お嬢さま御付きの騎士メイドとなりました!
第35話「やはりドラーゼ公爵家には何かある!」
ベアトリスが聞きたい事は分かっている。
ロゼールは軽く息を吐き、ベアトリスの言葉を待った。
そういえば……の次に来るのは、昨夜はどうだった?の問いかけであろう。
と思ったら、ビンゴである。
ベアトリスはおすまし顔で、
「昨夜はどうだった?」
と、尋ねて来たのである。
主語がなくとも、何がどうだったのかも、ロゼールにはすぐ分かる。
ここで与えて貰った部屋が素敵だったとか、
書斎の本がたくさんあって読むのが楽しみだとか、
ベッドがふかふかで最高とか、
思い切りぼけをかましたら、ベアトリスは即座に、
ロゼールへ解雇を言い渡すであろう。
ベアトリスが求めているのは、打てば響く迅速で、彼女の意に沿う的確な答え。
それもウイットに富んだものでなければならない。
「ええ、面白かったです」
「へえ? 面白かったの?」
「はい、眠いとむずがる私に、いろいろ構っていただけましたので」
「眠いとむずがる私に、いろいろ構って?」
「はい、私、眠くなって、もう寝ますって申し上げたんですが、そんな私を嫌わずに、駄目だ! 許さん! と、引き留めのお言葉をかけて頂きました」
「それから? 結局最後は何ておっしゃったの? おじいさまは?」
「はい。また明日の晩、来るからな!と、おっしゃいました」
「へえ! 明日って、今日ね? またいらっしゃるって?」
「はい、私はお待ちしておりますと申し上げましたら、最後は、うむ! 大儀であったあ! とおっしゃられ、お帰りになりました。……以上です」
「うふふふ、何か、相当、面白そうなやりとりをしたんじゃない?」
「相当、面白そうって? どのような意味でしょうか?」
「もう! ロゼったら! とぼけてもダメ!」
「と、申しますと?」
ここで、ベアトリスからようやく『主語』が出る。
「おじいさまったら! 亡くなってからすっかりお口が悪くなって、可愛い孫娘の私に対し、とんでもないあだ名をつけたのよ!」
「はあ、可愛い孫娘のベアーテ様へとんでもないあだ名を……おつけになったのですか?」
「ええ、とんでもないわ! ぷんぷんだわ!」
「そうでしょうか? まさに言い得て妙かと」
「何ですって……まさか、ロゼ、聞いたの? おじいさまから私のあだ名を?」
ベアトリスは、危惧しているらしい。
あの、とんでもないあだ名を。
ロゼールが聞いて吹き出し、思い切り大笑いしたあのあだ名を。
しかし、ここまで来てもロゼールはおとぼけ顔。
ゆっくりと首を横へ振る。
「さあて……何の事やら、ロゼは一向に存じませぬ」
「あ~!」
といきなりベアトリスは、ロゼールの顔を指さした。
「どうされました? ベアーテ様。家臣とはいえ、他者の顔をもろに指さすのはあまり宜しくなく、いかがなものかと思いますが……」
「うるさい! 黙れ!」
「おお、黙れ!とは、淑女にあるまじき、品がないお言葉ですよ」
「ロゼ! 貴女、今! 思い出し笑いをしかけたでしょ?」
「はて? 何の事やら……」
ベアトリスの言う通りであった。
昨夜、グレゴワール・ドラーゼの亡霊から告げられた、彼女のあだ名を思い出し、
思わず笑いかけたのである。
ここでロゼールはふと時計を見た。
午前7時45分を過ぎていた。
「おお、ベアーテ様! もう朝食のお時間ですよ。ダイニングルームへお送り致します」
対してベアトリスは、悔しそうに歯嚙みをし、
「絶対に白状して貰うから」
とにらんだのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しかし……
ダイニングルームに着く頃には、ベアトリスの機嫌は、完全に直っていた。
というか、最初からベアトリスは、怒っていない。
……実はベアトリスは、少し嫉妬したのだ。
祖父は、家族、一族では唯一自分にしか心を開かなかった。
絶対に本音を言わなかった祖父が、
死して亡霊になっても今もなお、現世に執着しているのは自分に対する未練だと確信していたからだ。
それがいきなりロゼールと打ち解け、
自分のとんでもないあだ名まで告げてしまった。
さてさて!
ダイニングルームは入ったロゼールは最初から違和感を覚えていた。
そしてすぐ違和感の正体が判明したのだ。
苦笑したベアトリスは、ダイニングルームに到着すると……
パン、シチュー、卵料理、フルーツなどたくさんの料理の皿、鉢、
紅茶のポット、牛乳、果汁など飲料が入ったデキャンタが載った、
長大なテーブルの指定場所らしき『自分の位置』に座った。
それを見て、ロゼールはびっくりしてしまったのである。
食事の際の座る位置が違うのだ。
何と!
ベアトリスは、父フレデリクに次ぐ、『次期当主』の席に座っていたのだ。
弟である嫡子アロイスを差し置いて。
補足しよう。
レサン王国では年上の姉が居たとしても、
長男の男子が跡を継ぐのが、通例なのである。
つまり、アロイスが次期当主だ。
しかしアロイスは、姉から少し離れた席に座っていた。
やはり……と、ロゼールは自分の仮説がひとつ裏付けられたのを感じた。
それに、昨夜、現れた前当主グレゴワール・ドラーゼの亡霊が、
ベアトリスとは同じ孫なのに、
嫡子アロイスの名を一回も言わなかった事も興味深い。
やはりドラーゼ公爵家には何かある!
そして私ロゼールという異分子を混在させるのも、
何か理由がありそうだ。
つらつら考えるロゼールを、ベアトリスは、じっと見つめていたのである。
ロゼールは軽く息を吐き、ベアトリスの言葉を待った。
そういえば……の次に来るのは、昨夜はどうだった?の問いかけであろう。
と思ったら、ビンゴである。
ベアトリスはおすまし顔で、
「昨夜はどうだった?」
と、尋ねて来たのである。
主語がなくとも、何がどうだったのかも、ロゼールにはすぐ分かる。
ここで与えて貰った部屋が素敵だったとか、
書斎の本がたくさんあって読むのが楽しみだとか、
ベッドがふかふかで最高とか、
思い切りぼけをかましたら、ベアトリスは即座に、
ロゼールへ解雇を言い渡すであろう。
ベアトリスが求めているのは、打てば響く迅速で、彼女の意に沿う的確な答え。
それもウイットに富んだものでなければならない。
「ええ、面白かったです」
「へえ? 面白かったの?」
「はい、眠いとむずがる私に、いろいろ構っていただけましたので」
「眠いとむずがる私に、いろいろ構って?」
「はい、私、眠くなって、もう寝ますって申し上げたんですが、そんな私を嫌わずに、駄目だ! 許さん! と、引き留めのお言葉をかけて頂きました」
「それから? 結局最後は何ておっしゃったの? おじいさまは?」
「はい。また明日の晩、来るからな!と、おっしゃいました」
「へえ! 明日って、今日ね? またいらっしゃるって?」
「はい、私はお待ちしておりますと申し上げましたら、最後は、うむ! 大儀であったあ! とおっしゃられ、お帰りになりました。……以上です」
「うふふふ、何か、相当、面白そうなやりとりをしたんじゃない?」
「相当、面白そうって? どのような意味でしょうか?」
「もう! ロゼったら! とぼけてもダメ!」
「と、申しますと?」
ここで、ベアトリスからようやく『主語』が出る。
「おじいさまったら! 亡くなってからすっかりお口が悪くなって、可愛い孫娘の私に対し、とんでもないあだ名をつけたのよ!」
「はあ、可愛い孫娘のベアーテ様へとんでもないあだ名を……おつけになったのですか?」
「ええ、とんでもないわ! ぷんぷんだわ!」
「そうでしょうか? まさに言い得て妙かと」
「何ですって……まさか、ロゼ、聞いたの? おじいさまから私のあだ名を?」
ベアトリスは、危惧しているらしい。
あの、とんでもないあだ名を。
ロゼールが聞いて吹き出し、思い切り大笑いしたあのあだ名を。
しかし、ここまで来てもロゼールはおとぼけ顔。
ゆっくりと首を横へ振る。
「さあて……何の事やら、ロゼは一向に存じませぬ」
「あ~!」
といきなりベアトリスは、ロゼールの顔を指さした。
「どうされました? ベアーテ様。家臣とはいえ、他者の顔をもろに指さすのはあまり宜しくなく、いかがなものかと思いますが……」
「うるさい! 黙れ!」
「おお、黙れ!とは、淑女にあるまじき、品がないお言葉ですよ」
「ロゼ! 貴女、今! 思い出し笑いをしかけたでしょ?」
「はて? 何の事やら……」
ベアトリスの言う通りであった。
昨夜、グレゴワール・ドラーゼの亡霊から告げられた、彼女のあだ名を思い出し、
思わず笑いかけたのである。
ここでロゼールはふと時計を見た。
午前7時45分を過ぎていた。
「おお、ベアーテ様! もう朝食のお時間ですよ。ダイニングルームへお送り致します」
対してベアトリスは、悔しそうに歯嚙みをし、
「絶対に白状して貰うから」
とにらんだのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しかし……
ダイニングルームに着く頃には、ベアトリスの機嫌は、完全に直っていた。
というか、最初からベアトリスは、怒っていない。
……実はベアトリスは、少し嫉妬したのだ。
祖父は、家族、一族では唯一自分にしか心を開かなかった。
絶対に本音を言わなかった祖父が、
死して亡霊になっても今もなお、現世に執着しているのは自分に対する未練だと確信していたからだ。
それがいきなりロゼールと打ち解け、
自分のとんでもないあだ名まで告げてしまった。
さてさて!
ダイニングルームは入ったロゼールは最初から違和感を覚えていた。
そしてすぐ違和感の正体が判明したのだ。
苦笑したベアトリスは、ダイニングルームに到着すると……
パン、シチュー、卵料理、フルーツなどたくさんの料理の皿、鉢、
紅茶のポット、牛乳、果汁など飲料が入ったデキャンタが載った、
長大なテーブルの指定場所らしき『自分の位置』に座った。
それを見て、ロゼールはびっくりしてしまったのである。
食事の際の座る位置が違うのだ。
何と!
ベアトリスは、父フレデリクに次ぐ、『次期当主』の席に座っていたのだ。
弟である嫡子アロイスを差し置いて。
補足しよう。
レサン王国では年上の姉が居たとしても、
長男の男子が跡を継ぐのが、通例なのである。
つまり、アロイスが次期当主だ。
しかしアロイスは、姉から少し離れた席に座っていた。
やはり……と、ロゼールは自分の仮説がひとつ裏付けられたのを感じた。
それに、昨夜、現れた前当主グレゴワール・ドラーゼの亡霊が、
ベアトリスとは同じ孫なのに、
嫡子アロイスの名を一回も言わなかった事も興味深い。
やはりドラーゼ公爵家には何かある!
そして私ロゼールという異分子を混在させるのも、
何か理由がありそうだ。
つらつら考えるロゼールを、ベアトリスは、じっと見つめていたのである。