騎士をやめて花嫁修業しろと言われた私は、公爵家お嬢さま御付きの騎士メイドとなりました!
第39話「悪友問答」
ロゼールとベアトリスは、応接室へ通された。
「こちらで、少々お待ちくださいませ」
と、エルヴェが去り、扉が閉められると、ベアトリスは苦笑した。
「やっぱり、フェリシーの奴、ふて寝か何かしていて、私がノーアポでいきなり来たから慌てていたのよ」
「そうですか、確かに家令と使用人は慌てていましたね」
「うふふ、まあ見ていなさい。今日は思い切り、フェリシーに、無双してやるわ」
いや……
ベアーテ様は今日はじゃなく、いつも誰彼構わず無双していると思いますけど……
と言おうと思ったが、先ほどのエルヴェに学び、沈黙は金で行く事にした。
約30分が経った。
フェリシーはまだ来ない。
しかし、ここまで待たされて、
珍しくベアトリスがいらいらしない、怒らない、切れない。
「一体どうしたのか?」と思うロゼールの心を見抜くように、ベアトリスが言う。
「うふふ、どうして私がここまで待たされて、爆発しないのか不思議でしょ?」
「ええ、そうです」
とロゼールが正直に答えると、ベアトリスが言う。
「これはね、いわば駆け引きなのよ」
「駆け引き?」
「ええ、フェリシー・カニャールはとんでもなく腹黒な女。私と同じくね」
駆け引きと言われ、ロゼールも気を引き締めた。
会話のつぼというモノがある。
いくら忠実な家臣だからといって、相槌ばかりのイエスマンでは足元をすくわれる。
例えば今のように、ネガティブな肯定を求められても、けして頷いてはいけない。
かといって、わざとらしく否定するのもあざといと思われる。
このような場合、正解は、
近い意味で、当たりの柔らかい印象の良い言葉へ言い換えるか、もしくは無言である。
なので、ロゼールは『腹黒い』を言い換える。
「いえ、ベアーテ様は『したたか』なのだと、私は思います」
「うふふ、『したたか』か……素敵ね、その言い方」
「……………………」
ベアトリスの感想に対し、無言で返すロゼール。
「うふふ、お互いに分かりあって、話せるし、こういう絶妙の間をはさんでくれるのも、私がロゼを大好きな理由よ」
「ありがとうございます」
「でね、話を戻すと、フェリシーとのやりとりは、緊張感を伴うの」
「緊張感を? ですか」
「ええ、お互いに油断したら寝首をかいてやるって覚悟で付き合っているの」
「え? そこまでおやりに? 凄くないですか、それ」
「そこまでとか、凄くないかって、何言ってるの? ロゼは」
「え?」
「貴女だって、騎士隊で魔物相手に生と死の狭間、命のやりとりをして来たでしょ?」
「!!!」
「違うの?」
「まあ、確かにそうですね」
「だからね。私にとって、フェリシーはぶっ倒したオーガやこの前、ロゼと一緒に討伐したオークどもと全く変わらないわ!」
ベアトリスが言い切ったその時。
がちゃ!
と、扉が開き、
「へえ~、誰がオーガやオークと変わらないって?」
と、ひとりの少女が入って来たのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
入って来たのは、高価そうな絹のクリーム色のドレスに
スレンダーな身体を包んだ、栗毛のほんわかした感じの可愛い少女である。
すかさず、ベアトリスが言う。
「あんたに決まってるでしょ、フェリシー」
いつもと違う、ベアトリスの物言い。
これも相手がフェリシーの為なのだろうか?
それにしても、
この優しそうな少女が、カニャール侯爵家令嬢フェリシー・カニャール!?
ベアトリスが言うように、
見かけは腹黒いとは思えない。全く見えない。
「うふふ、ひっど~い。私がオーガやオークと同じ? ありえな~い」
フェリシーは笑うと、優しそうな垂れ目がより細くなる。
いわゆる癒し系であり、年齢はベアトリスと同じか、
ほんの少し下かもしれなかった。
「フェリシー! あんたみたいのを腹黒悪役令嬢って言うのよ」
「わあ、ベアーテったら、悪役令嬢ってひど~い。オーガもオークも、腹黒悪役令嬢も全部ブーメランで、貴女の額の真ん中にぶすっと突き刺さっているわよぉ」
しかし、ベアトリスはがらりと話題を変える。
「ま、そんな事はどうでも良いけど、フェリシー、これでもろもろの勝負は私の勝ちだな」
「え~? ベアーテったら、うっそぉ! 引き分けじゃないのぉ?」
「どこが引き分けよ!」
「だってだって、花嫁修業をした期間って、ふたりとも同じくらいじゃないのぉ?」
「全然、同じじゃないわ! フェリシー、お前はたったの2週間。私は3か月以上、ラパン修道院で真摯に修業した。なあ、ロゼ」
「はい! ベアーテ様!」
とベアトリスが、ロゼに同意を求めると、わざとらしく今更という雰囲気で反応する。
ロゼールが最初から、その場に居たにもかかわらず。
「え~? この人があ、ロゼさあん?」
とおとぼけでのたまうフェリシー。
ベアトリスは大きく頷き、ロゼールを紹介する。
「ああ、ロゼ……元騎士のロゼール・ブランシュよ。騎士隊で男子どもをなで斬りにした女傑なのよ。その上、頭も相当切れるわ。だから私の部下にしたの」
しかし、フェリシーはロゼールの存在など歯牙にもかけない。
という雰囲気で、華麗にスルー。
「へえ~、まあ、良かったじゃない。超脳キンのベアーテには、頭を使える参謀が必要だものね」
「何が! 誰が超脳キンよ!」
いつものベアトリスらしくない物言い、反応なのであるが……
ロゼールが見やれば目が笑っていた。
そして、フェリシーも笑っていたのだ。
ぼろくそに応酬しながらも、ふたりは攻防を楽しんでいると、
ロゼールは感じた。
しかし!
ここで、ベアトリスは『切り札』を切った。
それは3枚の書面である。
「わお! ベアーテ、何それぇ?」
「たった今、教皇様と枢機卿様から頂いて来た証明書よ。ラパン修道院における花嫁修業卒業証書!」
ラパン修道院における花嫁修業卒業証書!?
そんなのあったの!?
とロゼールは思う。
修道院長以下、先輩のジスレーヌもそんな話は一切してはいない。
多分、さっき速攻で作成して貰ったのだ。
それか事前に作っておいて、今日回収し、ここへ持ち込んだ?
しかし、べアトリスは自信たっぷりに言い放つ。
「正真正銘の本物よ! 嘘だと思うのなら、教皇様と枢機卿様へ問い合わせてみて!」
対して、と大げさに反応するフェリシー。
「わお! そんなの聞いた事がないよぉ!」
更に蜂のひとさし。
「すんごく、あやしい~。どうせ、ベアーテが、得意のじじ転がしして、ゲットしたんでしょ」
「黙れ! どちらにしても! お前はたった2週間でギブアップし、修道院長へ罵詈雑言を浴びせ、脱走したのよ! 対して! 私はロゼールと協力し、ラパン修道院の改革を成功させ、襲撃して来たオークどもを撃退し、教皇様と枢機卿様からは大いに感謝され、ほめられたわ!」
びしっ!と、フェリシーを断罪するベアトリス。
そして、ロゼールに向き直った上で、これまたフェリシーをびしっ!と指さす。
「ロゼ」
「は、はい!」
「このフェリシー、見た目は男子に大人気のおとなしそうな癒し系だが、中身は全然違う! 先日、花嫁修業の一環として、半年の行儀見習いでラパン修道院へ出されたが、たった2週間で脱走したろくでもない女よ」
「な、成る程……」
ベアトリスの容赦ない罵詈雑言。
「ちょっとお! 何それぇ! ロゼさんも納得しちゃダメ!」
フェリシーは、頬をぷくっとふくらませた。
しかし、ベアトリスの追及は止まらない。
「フェリシーは転んでもただは起きぬ女よ! 回復魔法だけは、ちゃっかり習得して来た要領の良いずる~い女なの」
たった2週間で回復魔法を習得!?
「えええ!? たった2週間で回復魔法を習得って、フェリシー様って、凄いじゃないですか?」
と思わず素直にロゼールが反応すると、今度はフェリシーが得意げに言い放つ。
「でしょ! 私は感性が素敵だから魔法が習得出来るけどぉ、ベアーテは超が付く脳キンだから、魔法をおぼえるなんて絶対ムリムリなのよぉ」
「何だとぉ! フェリシー! また超脳キンと言ったなあ!!」
という事で、ベアトリスとフェリシーの論争はしばらく続いたが……
結局、フェリシーが折れ、
『超高級レストラン貸し切り食べ放題』のペナルティをOKしたのであった。
「こちらで、少々お待ちくださいませ」
と、エルヴェが去り、扉が閉められると、ベアトリスは苦笑した。
「やっぱり、フェリシーの奴、ふて寝か何かしていて、私がノーアポでいきなり来たから慌てていたのよ」
「そうですか、確かに家令と使用人は慌てていましたね」
「うふふ、まあ見ていなさい。今日は思い切り、フェリシーに、無双してやるわ」
いや……
ベアーテ様は今日はじゃなく、いつも誰彼構わず無双していると思いますけど……
と言おうと思ったが、先ほどのエルヴェに学び、沈黙は金で行く事にした。
約30分が経った。
フェリシーはまだ来ない。
しかし、ここまで待たされて、
珍しくベアトリスがいらいらしない、怒らない、切れない。
「一体どうしたのか?」と思うロゼールの心を見抜くように、ベアトリスが言う。
「うふふ、どうして私がここまで待たされて、爆発しないのか不思議でしょ?」
「ええ、そうです」
とロゼールが正直に答えると、ベアトリスが言う。
「これはね、いわば駆け引きなのよ」
「駆け引き?」
「ええ、フェリシー・カニャールはとんでもなく腹黒な女。私と同じくね」
駆け引きと言われ、ロゼールも気を引き締めた。
会話のつぼというモノがある。
いくら忠実な家臣だからといって、相槌ばかりのイエスマンでは足元をすくわれる。
例えば今のように、ネガティブな肯定を求められても、けして頷いてはいけない。
かといって、わざとらしく否定するのもあざといと思われる。
このような場合、正解は、
近い意味で、当たりの柔らかい印象の良い言葉へ言い換えるか、もしくは無言である。
なので、ロゼールは『腹黒い』を言い換える。
「いえ、ベアーテ様は『したたか』なのだと、私は思います」
「うふふ、『したたか』か……素敵ね、その言い方」
「……………………」
ベアトリスの感想に対し、無言で返すロゼール。
「うふふ、お互いに分かりあって、話せるし、こういう絶妙の間をはさんでくれるのも、私がロゼを大好きな理由よ」
「ありがとうございます」
「でね、話を戻すと、フェリシーとのやりとりは、緊張感を伴うの」
「緊張感を? ですか」
「ええ、お互いに油断したら寝首をかいてやるって覚悟で付き合っているの」
「え? そこまでおやりに? 凄くないですか、それ」
「そこまでとか、凄くないかって、何言ってるの? ロゼは」
「え?」
「貴女だって、騎士隊で魔物相手に生と死の狭間、命のやりとりをして来たでしょ?」
「!!!」
「違うの?」
「まあ、確かにそうですね」
「だからね。私にとって、フェリシーはぶっ倒したオーガやこの前、ロゼと一緒に討伐したオークどもと全く変わらないわ!」
ベアトリスが言い切ったその時。
がちゃ!
と、扉が開き、
「へえ~、誰がオーガやオークと変わらないって?」
と、ひとりの少女が入って来たのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
入って来たのは、高価そうな絹のクリーム色のドレスに
スレンダーな身体を包んだ、栗毛のほんわかした感じの可愛い少女である。
すかさず、ベアトリスが言う。
「あんたに決まってるでしょ、フェリシー」
いつもと違う、ベアトリスの物言い。
これも相手がフェリシーの為なのだろうか?
それにしても、
この優しそうな少女が、カニャール侯爵家令嬢フェリシー・カニャール!?
ベアトリスが言うように、
見かけは腹黒いとは思えない。全く見えない。
「うふふ、ひっど~い。私がオーガやオークと同じ? ありえな~い」
フェリシーは笑うと、優しそうな垂れ目がより細くなる。
いわゆる癒し系であり、年齢はベアトリスと同じか、
ほんの少し下かもしれなかった。
「フェリシー! あんたみたいのを腹黒悪役令嬢って言うのよ」
「わあ、ベアーテったら、悪役令嬢ってひど~い。オーガもオークも、腹黒悪役令嬢も全部ブーメランで、貴女の額の真ん中にぶすっと突き刺さっているわよぉ」
しかし、ベアトリスはがらりと話題を変える。
「ま、そんな事はどうでも良いけど、フェリシー、これでもろもろの勝負は私の勝ちだな」
「え~? ベアーテったら、うっそぉ! 引き分けじゃないのぉ?」
「どこが引き分けよ!」
「だってだって、花嫁修業をした期間って、ふたりとも同じくらいじゃないのぉ?」
「全然、同じじゃないわ! フェリシー、お前はたったの2週間。私は3か月以上、ラパン修道院で真摯に修業した。なあ、ロゼ」
「はい! ベアーテ様!」
とベアトリスが、ロゼに同意を求めると、わざとらしく今更という雰囲気で反応する。
ロゼールが最初から、その場に居たにもかかわらず。
「え~? この人があ、ロゼさあん?」
とおとぼけでのたまうフェリシー。
ベアトリスは大きく頷き、ロゼールを紹介する。
「ああ、ロゼ……元騎士のロゼール・ブランシュよ。騎士隊で男子どもをなで斬りにした女傑なのよ。その上、頭も相当切れるわ。だから私の部下にしたの」
しかし、フェリシーはロゼールの存在など歯牙にもかけない。
という雰囲気で、華麗にスルー。
「へえ~、まあ、良かったじゃない。超脳キンのベアーテには、頭を使える参謀が必要だものね」
「何が! 誰が超脳キンよ!」
いつものベアトリスらしくない物言い、反応なのであるが……
ロゼールが見やれば目が笑っていた。
そして、フェリシーも笑っていたのだ。
ぼろくそに応酬しながらも、ふたりは攻防を楽しんでいると、
ロゼールは感じた。
しかし!
ここで、ベアトリスは『切り札』を切った。
それは3枚の書面である。
「わお! ベアーテ、何それぇ?」
「たった今、教皇様と枢機卿様から頂いて来た証明書よ。ラパン修道院における花嫁修業卒業証書!」
ラパン修道院における花嫁修業卒業証書!?
そんなのあったの!?
とロゼールは思う。
修道院長以下、先輩のジスレーヌもそんな話は一切してはいない。
多分、さっき速攻で作成して貰ったのだ。
それか事前に作っておいて、今日回収し、ここへ持ち込んだ?
しかし、べアトリスは自信たっぷりに言い放つ。
「正真正銘の本物よ! 嘘だと思うのなら、教皇様と枢機卿様へ問い合わせてみて!」
対して、と大げさに反応するフェリシー。
「わお! そんなの聞いた事がないよぉ!」
更に蜂のひとさし。
「すんごく、あやしい~。どうせ、ベアーテが、得意のじじ転がしして、ゲットしたんでしょ」
「黙れ! どちらにしても! お前はたった2週間でギブアップし、修道院長へ罵詈雑言を浴びせ、脱走したのよ! 対して! 私はロゼールと協力し、ラパン修道院の改革を成功させ、襲撃して来たオークどもを撃退し、教皇様と枢機卿様からは大いに感謝され、ほめられたわ!」
びしっ!と、フェリシーを断罪するベアトリス。
そして、ロゼールに向き直った上で、これまたフェリシーをびしっ!と指さす。
「ロゼ」
「は、はい!」
「このフェリシー、見た目は男子に大人気のおとなしそうな癒し系だが、中身は全然違う! 先日、花嫁修業の一環として、半年の行儀見習いでラパン修道院へ出されたが、たった2週間で脱走したろくでもない女よ」
「な、成る程……」
ベアトリスの容赦ない罵詈雑言。
「ちょっとお! 何それぇ! ロゼさんも納得しちゃダメ!」
フェリシーは、頬をぷくっとふくらませた。
しかし、ベアトリスの追及は止まらない。
「フェリシーは転んでもただは起きぬ女よ! 回復魔法だけは、ちゃっかり習得して来た要領の良いずる~い女なの」
たった2週間で回復魔法を習得!?
「えええ!? たった2週間で回復魔法を習得って、フェリシー様って、凄いじゃないですか?」
と思わず素直にロゼールが反応すると、今度はフェリシーが得意げに言い放つ。
「でしょ! 私は感性が素敵だから魔法が習得出来るけどぉ、ベアーテは超が付く脳キンだから、魔法をおぼえるなんて絶対ムリムリなのよぉ」
「何だとぉ! フェリシー! また超脳キンと言ったなあ!!」
という事で、ベアトリスとフェリシーの論争はしばらく続いたが……
結局、フェリシーが折れ、
『超高級レストラン貸し切り食べ放題』のペナルティをOKしたのであった。