騎士をやめて花嫁修業しろと言われた私は、公爵家お嬢さま御付きの騎士メイドとなりました!

第9話「本当に本当にありがとうございます」

思い立ったが吉日だが、「決めるまでは熟考」する。
でも!
「決断したら、即行動」がロゼールのモットーである。

ロゼールは、ベアトリスを伴い、いきなり修道院長へ会うのは避けた。

失職されかけた修道院長が、ベアトリスから「大事な相談がある」と告げられたら、
どう反応するのか?

ロゼールは「修道院長が大いに緊張し怖がる」と予想し、確信したのである。

今回の件を、上手く円滑に運ぶ為には……
趣旨を事前に伝え、修道院長に良く理解して貰った上で、3人での話し合いに臨んだ方がベスト……
そうベアトリスを説得したのだ。

了解したベアトリスに対し……
ロゼールは『まず自分が単独で修道院長へ会う事』……
つまり『ワンクッション案』を提示し、こちらも了解して貰った。

と、いうわけで……
その日の午後9時過ぎ……夜のお祈りが終わった後、就寝までの自由時間。

今、ロゼールはひとり、修道院長室の前に居た。

とんとんとん!

ロゼールは軽くノックをし、

「夜分、失礼致します、修道院長、シスター、ロゼールです。ご相談があるのですが……宜しければ、お時間を頂けないでしょうか?」

と、扉ごしに声をかけた。
対して、

「はい、シスター、ロゼール。どうぞ! 扉にカギはかかっていません。入ってください」

と、弾むような声が戻って来た。

「失礼致します」

ロゼールは扉のノブを回し、修道院長室へ入った。

片側に実用的で地味なベッドが置かれ、
もう片側には書籍がいっぱい並べられた書棚。

質素な応接セット。

応接セットの脇には移動可能なワゴン台があり、台座にはお茶のポットとカップも数個ある。

そして正面には重厚な机が置かれ、
事務仕事をしていたらしい修道院長が、机と対となる椅子に座っていた。

……何度、この部屋で叱責され、叱咤激励もされただろう。
ロゼールはそう思うと感慨深い。

その時の修道院長は、いつも険しい表情で、口を「きりり」と真一文字に結んでいた。
速射砲のように、ロゼールへ厳しい言葉をたくさんたくさん浴びせていた。

しかし、絶体絶命の土壇場で、ずっと自分が𠮟責してロゼールが、
追放も恐れず身体を張り、懸命にかばってくれた……

修道院長は、かばってくれたロゼールに深く感謝するとともに、完全に変わった。

著しく言動が穏やかになり、全員に対し、極めて優しく振舞うようになったのだ……

……入室したロゼールの姿を認め、すっくと立ちあがった修道院長は、
柔らかな笑みを浮かべ、穏やかな表情である。

「どうしました、シスター、ロゼール。ご相談とは、何か悩み事ですか? であれば相談に乗りますよ」

人間は変わって行く……
そして、いついかなる時でも、いかなる環境でも、リスタート出来る。
ロゼールはそう信じている。

自分みたいな若輩者が言うのはおこがましい。
だが、60代半ばを過ぎた修道院長ほどのベテランでも、やり直せる。
そう思うのだ。

修道院長に応接のソファを勧められ、ふたりは着席し、向かい合う。

ほんの少し雑談をした後、ロゼールは本題へ入った。

「……修道院長様、実は先ほどベアトリス様とお話ししまして……」

ロゼールがそう言うと、やはり修道院長の表情は曇った。
ベアトリスの指摘と彼女の存在がトラウマとなっているのかもしれない。

「このまま、ベアトリス様がお父上のドラーゼ公爵閣下、教皇様、枢機卿様へ現状を報告されると、修道院長様にとって、何もプラス面がないと思いまして……」

「どういう事でしょうか? シスター、ロゼール。ベアトリス様が現状を報告されると、何も私のプラス面がないとは……私は、己の犯した重き行いを心の底から悔いて、大いに反省しておりますが」

「それでは全然、不十分です」

「ぜ、全然、ふ、不十分ですか……」

「はい! ベアトリス様は、現在私と花嫁修業中です。ベアトリス様と修道院長様、おふたりで改革を行い、結果、ベアトリス様が身を持ってご体感され、大いに満足し、御三方へご報告をされれば、修道院長様の覚えがめでたくなります」

「ベアトリス様と私ふたり!? そ、それは……でもシスター、ロゼール、貴女は?」

「私は表へ出ない裏方で構いません。そんな事より、その結果、新たな花嫁修業希望の女子達が数多、参るでしょう となれば、評判が評判を呼び、ラパン修道院は栄え、修道院長殿の手腕も高く評価され、失策は(ふっ)しょくされます。

「失策が……払しょくされる。犯したミスが消えるという事ですか」

「いえ、消えるどころか、大幅なプラスになります。となれば、ひいては在籍するシスター達も含め、皆が幸せになる事が出来ます」

「……シスター、ロゼール」

「はい」

「……また、私の為にわざわざベトリス様へ話して頂いたのですね?」

「いえ、それもありますが、ベアトリス様がこの2日で、既に『限界』に来ていましたから」

「げ、限界?」

「はい! ……いやっ! 起床時間が朝の4時なんて早すぎる! 草むしりなんて、すぐ飽きる! 食事の量が少なすぎる! 家事なんて、ウチの使用人がやるのに覚える必要がなさすぎる! 武道の鍛錬が出来なさすぎる! もうこれ以上、耐えられないっ! 今のスケジュールと方法で花嫁修業はお断りよ! 以上、原文ままという感じです」

「そ、そうだったんですか」

「ええ、たった2日で? 根気と、忍耐力が著しく欠けていますね、ベアトリス様はと、私が申し上げましたら、ロゼール、貴女はね、いきなり初日で嫌になり脱走しようとしていたから、2日間我慢してぶーぶー言う、私の事は責められないでしょ!……と、きっぱり反論されました」

「うふふ、成る程」

「それで、私が修道院長様へ前振りに伺い、教育係を担当して頂いているシスター、ジスレーヌ他のシスター達にもしっかりと聞き取りをした上で、現状のスケジュールや内容に関して精査し、改めてベアトリス様、修道院長様と、3人でご相談をしたいと思います」

「……話は良く分かりました。では、シスター達への聞き取りは、修道院長として、私も一緒に行いましょう」

「じゃあ、それも臨機応変でお願い致します」

「臨機応変ですか?」

「はい、今まで厳しくおやりになっていたので、修道院長様が一緒だと言いにくい事があるやもしれません。状況を見て、臨機応変で私と一緒に聞き取りを致しましょう」

「な、成る程」

「ベアトリス様と私だけの作業では、修道院長様が丸投げし、ノータッチという感も生まれてしまう。……という懸念もありますから」

「もろもろ了解しました、シスター、ロゼール。もしも聞き取りの際、シスターの誰かに尋ねられたら、許可に関しては、私から得ていると返してください」

「ありがとうございます。助かります」

「いえ、こちらこそ、ご尽力に感謝致します。皆さんが元気よくのびのびと花嫁修業が出来るよう、私もどう改革したらベストなのか、一生懸命に考えます」

修道院長は晴れやかな表情で言い、更に

「本当に本当にありがとうございます、シスター、ロゼール。創世神様と貴女へ感謝致します」

と、深く頭を下げたのである。
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