教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 他のスタッフのひとりは時間差出勤だし、もうひとりはたまたま休暇を取っていた。
 それに二人ともイタリア人だから、日本人客向きとはいえない。

 もっとも大きくて、やたら強面だという以外、東野様に非はないのだが――。

(そうよ。いつもどおりにしなくちゃ。せっかく来ていただいたんだもの)

 私はとにかく接客に専念することにした。

「東野様、最近はだいぶ暑くなってまいりましたので、冷たいものはいかがですか? もちろんあたたかいお飲みものもございますが」

 ところが東野様はメニュー表を受け取ろうとせず、私と目を合わせることもなく、かぶりを振った。

「いや、けっこう」
「ですが――」

 タンザニアの契約農園のコーヒー、ヒマラヤ山脈のダージリン・ファーストフラッシュ、京都の老舗の日本茶――ここではビバレッジ部門のバイヤーが選び抜いた品が用意され、それを楽しみにしているお客様も多いのだ。

「あ」

 ふと東野様が声を上げた。

「やっぱりお茶を」
「お茶でございますね。それでしたら煎茶や玉露、ほうじ茶……あ、お抹茶もご用意できますが」
「何でもいいです。できれば熱くて、うんと苦いやつ」

 私は奥の小さなキッチンに向かい、煎茶の茶筒を手に取った。

(熱くて、うんと苦い……か)
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