教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
「じゃあ、さっそくお願いできるかな? 面倒かけちゃうけど」
「いえ、とんでもございません。では――」

 私は笑顔を作り、備品を入れているキャビネットからメジャーを取り出す。
 ところが田島先輩の方へ歩き出そうとした時、それが手から滑り落ちてしまった。

「失礼いたしました」

 ふだんの私だったら、あり得ないミスだ。

 とにかくお客様をお待たせしないよう、早くメジャーを拾わないと。それに床に落ちたもので採寸するわけにいかないから、違うものを用意しないと。早く、早く!

(えっ?)

 気がつけば、私はその場に立ち竦んでいた。

 動揺しながらもいろいろ考えているのに、身体がいうことを聞かないのだ。まるで見えない重りをぶらさげられたように、手足が動かない。

「桐島さん?」

 棒立ちの私を見て、田島先輩がいぶかしげに眉を寄せた。

「どうかした?」
「あ、も、申しわけございません」

 大丈夫。簡単なことだ。メジャーを拾って、代わりを出して、いつもしているように田島先輩の採寸を――。
 けれど、そう思った途端に息が止まりそうになった。

(……無理)

 その作業はかなり近づかないとできないし、身体に触れもするのだ。何年も続く悪夢の原因となった張本人の。

(やりたくない)

 私の脈は不規則に、しかもどんどん速くなっていく。うまく息ができないせいか、胸が苦しいような気さえしてきた。
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