教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 すると敬ちゃんは大げさに肩をすくめて、「御社のためです」と微笑んだ。

「うちの……ため?」
「ええ。確かに、人として時には土下座をしなければいけない状況もあるでしょう。しかしごくごくささいなことで、東林製薬の次期副社長にそんな真似をさせたと耳に入ったら、田島様のお父上はどれほど驚かれるか――」
「と、と、とう……りん?」
「ええ。こいつはこう見えて、社長のひとり息子なんで」

 真っ赤だった田島の顔から一気に血の気が引いた。

「ふ、ふ、ふくしゃ――」
 
「はい。老婆心ではございますが、薬品卸のお仕事をなさっておられるのであれば、製薬会社とはあまり揉めない方がよろし――」
「か、帰ります!」

 話し続ける敬ちゃんを遮り、田島は唐突に立ち上がった。

「どうされました、田島様? 謝罪の件は?」
「もういいです! 急用を思いだしたんで」

 それが最後の言葉だった。挨拶もせず、俺や亜美に視線を向けることさえなく、田島は一目散にラウンジから飛び出していった。

 いったい何がどうなったのだろう? 会社の名前が出たとたん事態は百八十度変わって、実にうまく収まった。

 まるで嵐が通り過ぎていったみたいで、俺は依然として床に膝をついたまま敬ちゃんを見る。

 よく考えてみれば、彼が来てくれなかったら、俺がいくら土下座したところで、あまり意味はなかったかもしれない。おそらく田島は俺を追い払ってから、何だかんだと難癖をつけて亜美を困らせ続けたかもしれないのだ。
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