教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 その時、ふいに東野様がソファから身を起こした。

「ひ、東野様?」
「どうも」

 東野様は目をこすりながら、テーブルに手を伸ばした。スマートフォンを操作し、鳴り続ける騒音を止める。どうやら彼がセットしておいたらしい。

 私は急いでトレイを持つと、お茶を差し出した。

「お茶でございます、東野様。たいへんお待たせしてしまったようで申しわけございません」
「いや。七分間だけ寝ようと思って」
「七分……でございますか?」
「ええ」

 お茶を飲みほすと、かけられていたブランケットに気づいたらしく、東野様はまた「どうも」と頭を下げた。外見は恐ろしげでも、意外に素直な青年のようだ。
 やはり喉が乾いていたらしく、そのまま氷水のタンブラーも口に運ぶ。

 私は、そろそろ本題に入ってもいいころだと思った。

「では、ご依頼の件でございますが――」

 ところが次の瞬間、東野様は勢いよく立ち上がった。

「じゃ、俺はこれで」
「えっ? あ、あの、お話がまだ」
「でも敬ちゃんに言われたとおり、ここに顔は出しましたから」
「敬ちゃんって……ああ、高砂さんのことですね」
「ええ。明日にでも適当な服を、請求書と一緒にホテルに届けてください。サイズが合っていれば大丈夫だから」
「ですが、東野様」

 私は全力でかぶりを振った。

 全然大丈夫ではない。東野様は試着さえしていないのだ。
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