教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
「しかし俺は」
「もちろん東野様がたいへん優秀な方であることは存じております。薬学のことは存じませんが、いくつもすばらしい論文を発表されていると高砂も申しておりました。だからこそ外見もそれにふさわしく整えさせていただけませんか? 少なくともホチキス止めのスーツをお召しになられては、相手の方にもたいへん失礼だと――あっ!」

 桐島さんは両手で口を覆うと、いきなり身体を二つに折った。

「たいへん申しわけございません、東野様! 言葉が過ぎてしまいました」

 細い肩が震えている。
 その後も桐島さんは頭を上げようとせず、ずっと謝り続けていた。

「重ねてお詫び申し上げます。本当に失礼いたしました。あまりに配慮のないことを申し上げて――」
「桐島さん」

 気づいた時には、俺の手は彼女の肩に伸びていた。

「顔、上げて。俺、行きますから」
「えっ?」

 ようやく上体を起こした桐島さんの顔は真っ青で、今にも泣き出しそうに見えた。俺は慌てて手を離す。

「い、今、何とおっしゃられたのですか?」
「行きます、店。やっぱりスーツがないと困るし」

 そう言うしかなかった。

「それに……昨日は悪かった。帰ったりして」
「いいえ、東野様。どうもありがとうございます!」

 彼女は本気で心配してくれているのだ。それに俺がそうであるように、自分の仕事に強い誇りを持っている。

「行きましょう」

 そんな気持ちが痛いほど伝わってきて、俺は戸惑いながら「今すぐに」とつけ加えた。
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