教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 とはいえ、もちろん朝の八時半に百貨店が開いているわけがない。

 俺はしかたなく桐島さんと一緒にローマの街を散策することにした。彼女の隣で、「何でこうなったんだろう」と首を捻りながら。

(何やってるんだ、俺は?)

 ただ町をぶらつくなんて、これまでなら絶対にあり得ない行為だった。

「東野様、少しはローマを歩かれてみましたか?」
「いや」

 ふだんの俺は自宅と研究所の往復しかしないし、常に最短コースを走って移動する。また体力維持のため、毎日研究所付属のジムに行っていたが、その時も効率を優先して運動した。

 今みたいに景色を眺めながら、のんびり過ごしたことなど一度もないのだ。

 時々桐島さんが通りの名前や、その由来などを楽しそうに説明してくれる。さっきまでは青ざめて強ばっていた顔にも、今は笑みが浮かんでいた。 
 
 そしてそんな彼女と一緒に歩いてみると、五月のローマはびっくりするほど美しく、興味深い場所に思えた。

 俺が暮らすスイスの都市にも、いわゆる歴史的建造物というやつがある。しかしここの町並みはまさに圧巻だった。

「とにかくどこもかしこも遺跡だらけだから、地下鉄の工事なんかもとてもたいへんらしいです」
「へえ」

 石畳の道の両側には中世に建てられたという瀟洒な屋敷が並び、その合間から堂々たる聖堂の丸屋根が見える。
 やたら高いビルなどないし、活気に溢れてはいるが、ローマの町すべてに趣があった。
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