教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 歩き始めて十五分ほどしたころ、桐島さんが俺を見上げて声をかけてきた。

「東野様、喉は渇いておられませんか? もしよろしければ、バールに入ってみるのはいかがでしょう?」
「バール?」
「はい、コーヒーショップみたいなところで、簡単な食事もできます。ちょうどこの近くにすてきなところがあって、とてもエスプレッソがおいしいんですよ。有名なスペイン広場も近くだし、わかりやすい場所ですから、歩き疲れて休憩なさる時にもおすすめです。バールは立ち飲みが基本ですけど、ちゃんと椅子席もありますので」

 ふいに俺は彼女の意図に気がついた。

 これはただの散歩ではなく、俺の見合いのためのシミュレーションだ。
 当日は無難に観光スポット巡りをするとしても、ローマに不慣れな俺が店選びに困らないよう、さりげなく案内してくれているのだ。

「実は私、まだ朝ご飯を食べていなくて……ご一緒していただければ助かります」
「行きます」

 エスプレッソが何なのかわからなかったが、俺は桐島さんの困ったような笑顔に抗うことはできなかった。

 それからしばらくして、俺はエスプレッソがイタリア式のいやに濃くて苦いコーヒーで、コルネットがクリーム入りのクロワッサンに似たパンだと知った。

「これ、うまいな」
「それはよかったです」
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