教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 だが、私には見るべきものも学ぶこともまだまだたくさんある気がした。せっかくの大切な機会だから、もう少しこの町にいたいけれど――。
 そう、大切な……。えっ、大切?

「たいへん!」

 私はエスプレッソを飲み干し、勢いよく立ち上がった。

「どうしたの? 大丈夫?」
「ああ、ジャンニ。驚かせてごめんなさい。実は今日、朝一番にとても大切なお客様の予約が入っていたの。すっかり忘れてた」
「そうなんだ。それじゃ急がなきゃね。じゃあ、気をつけて行っておいで。チャオ、アミ。ヴォナ・ジョルナータ(よい一日を)!」
「チャオチャオ、ジャンニ。あなたもね」

 私は背筋を伸ばして、足早に店を出た。

 今日のお客様は確かに特別だった。
 高砂百貨店の副社長の紹介で、それもメールだけでなく、電話で直々に頼まれたのだから。

「東野……林太郎様」

 お客様の名前を呟き、頭の中で本店から送られてきたデータを再確認する。

 身長、体重、前に高砂百貨店で一度だけ彼が誂たスーツのデザイン、それと副社長が話してくれた大まかな外見。
 そこから思い浮かぶイメージは、長身で学究肌の青年だった。

(よし!)

 東野様は副社長の親友で、スイスの有名製薬会社で働く日本人の開発担当者だという。実は彼について、私には特別なミッションが課せられていた。

 このローマで約一週間を過ごす彼のために、バカンスにふさわしいスタイリングをすること。
 というのも、彼はファッションにまったく興味がない上、今回の滞在はどうやら単なるお気楽な休暇ではないらしいのだ。
 
「とにかく急がなくちゃ」

 もちろん事前の準備はしっかりしてある。それでも私は少し焦りながらペダルを漕ぎ始めた。
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