教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
「どうした?」
「て、手……あ、あの、手が」

 林太郎さんが私の手をしっかりつかんでいたのだ。まるで仲のいいカップルがデートの時に手をつなぐように。

「また転びそうになるといけないから」

 ごく自然に、けれど少し頬を赤らめて、林太郎さんが答えた。

「ありがとう……ございます」
「いや、別に」

 誰かと手をつなぐなんて、本当に久しぶりだった。

 というか、林太郎さんはお客様で、本当はそういうな相手ではない。
 しかも私は大きくてたくましい男性は苦手なのだ。

 大学二年のころ、夏休みの合宿で部活の先輩に襲われかけたことがある。ひとりで早朝の散歩に出かけた時に、待ち構えていた彼に告白され、強引に抱きしめられたのだ。

 たまたま人が通りかかって逃げることができたが、そうでなかったらどうなっていたかわからない。
 そしてその時から先輩のような大柄な男性が……つまり東野さんのような人が怖くてたまらなくなった。

 実際には何もなかったのに、心の傷はかなり深かったのだろう。
 何年たっても繰り返し当時の夢を見るし、男性ともうまくつき合えない。誰かに告白されても、結局いつもうまくいかなかった。

 それなのに私は今、林太郎さんの大きな手をそっと握り返している。

 あたたかくて渇いた感触が心地よくて、なんだかとても安心できたからだ。

「行こうか」
「はい」

 私たちはずっと手をつなぎ続け、そのせいでその後のことはほとんど覚えていなかった。
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