教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 今すぐにでも読みたい文献があったはずなのに、急にどうでもよくなった。

 それより俺は彼女がパオラさんと仲よくやり取りするところや、包丁で器用に野菜の皮を剥くところ、そんな何気ない姿をもっと見ていたい。

「て、手伝ってもいいか?」
「林太郎さんが?」
「そういうこと……やったことないから」
「あ、ええ、もちろん。パオラが喜びます。あ、エプロンを持ってこなきゃ」

 数分後、俺はエプロンをつけて手を洗っていた。

「まず卵を割ってほしいそうですけど……できますか?」

 卵が入ったボウルを手渡され、亜美さんとパオラさんから心配そうに見つめられる。
 どうやらまったく信用されていないらしい。

「も、もちろん」

 少し緊張しながら、卵をつかんだ時だった

 ――林太郎、卵を割る時は真ん中のあたりを硬いところにぶつけるのよ。

 ふいに、亡くなった母の言葉を思い出した。

 ――ヒビが入ったら、そこに両方の親指を入れるようにして、ゆっくり開くの。そうすると、きれいに割れるからね。

 すっかり忘れていたが、子どものころの俺はたまに母の手伝いをしていたのだ。洗濯物を畳んだり、皿を洗ったり、今みたいに料理の準備をしたりして。

(よし!)

 母の言葉どおりに手を動かすと、卵がうまく割れて、中身がツルンとボウルに落ちた。
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