教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 だが、その林太郎さんは今朝、荷物を持って出ていった。そしてもう二度とここに戻ってくることはない。
 お試しの結婚体験は無事に終了したのだ。 

 私と彼はいつもみたいにジャンニのいるバールへ一緒に行き、エスプレッソとコルネットで朝食を済ませ、それぞれ目的地へ向かうため店の前で別れた。
 彼は泊まっていたホテルへ、そして私は職場へ。

 林太郎さんは最後までほとんどしゃべらなかったけれど、たぶん緊張していいたのだろう。
 今日は彼がローマに来てから五日目――予定されていたお見合い当日なのだから。

 それから私は『イル・スプレンドーレ』に出勤し、今はサロンのパソコンで今日のスケジュールを確認しているところだ。

 十一時に日本大使館から紹介されたお客様、それから一時には――いつもなら滞りなくできる作業が、なぜだか妙にはかどらない。

(……変ね)

 ごく小さなけれども無視できない何かがつかえているみたいに、胸の奥がモヤモヤした。

 私はパソコンを閉じ、小さくため息をついて視線を落とす。
 そう、本当はその理由にうすうす見当がついていたのだ。

「アミ、大丈夫?」
「えっ?」

 驚いて顔を上げると、同僚のロザンナが心配そうに私を見ていた。
< 56 / 128 >

この作品をシェア

pagetop