教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 とはいえ、このままぼんやりしているわけにはいかない。
 私は気を取り直して、シルバーのカードケースから名刺を取り出し、うやうやしく差し出した。

「東野様。本日はお忙しい中、わざわざお越しいただきまして、誠にありがとうございます。わたくしは当『サローネ・エッチェレンテ』(特別サロン)のマネージャー、桐島と申します」

 私が出向しているローマの高級百貨店、『イル・スプレンドーレ』では、日本人のお客様も多い。
 いつもなら母国語で話すとホッとするのに、今日はどうしても緊張せずにいられなかった。

 東野様は大きな手で名刺を受け取ると、チラリと目を落とし、胸元のポケットに入れた。
 あいかわらず無言で、表情にも変化はない。

「本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「……どうも」

 くぐもった低い声。ようやく答えが返ってきたのだ。
 なんだかドスが効いて聞こえるのは、私の気のせいだろうか。

 無口なのか、それとも人見知りなのか判断に迷うところだが、少なくとも社交的なタイプではなさそうだ。
 私自身もけっこう内気だが、彼に比べればずっとましに思えた。

「では、どうぞこちらへ」

 私は改めて一礼し、東野様を奥へと差し招いた。
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