教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 もっとも秘書室長には少しばかり嫌味を言われた。

 このホテルはもともと彼が俺の滞在用に予約してくれていたのに、勝手にキャンセルして、便利で気楽なビジネスホテルに移っていたのだから。
 しかもその後の数日は、亜美のところで世話になっていたわけだし。

 ――かしこまりました、林太郎さん。予約を取り直すくらい造作もございませんし、珍しく休暇を取られたのですから、たまには羽目を外すのもよろしいでしょう。ですが、どうかお立場をお忘れになりませんように。

 もちろん俺は決して自分の立場を忘れたわけではない。
 日本でも有数の製薬会社の御曹司で、いずれは父の跡を継ぐ存在。

 それでも見合いを断らないわけにはいかなかったのだ、大切な、俺にとって本当に大切な亜美のために。

(好きだ、亜美)

 俺の指先が吸い寄せられるように彼女の髪に伸びる。

 その時、亜美が目を開いた。

「林太郎……さん?」

 寝ぼけた様子で目をこすり、俺を見て笑みを浮かべる亜美。

「おはようございます。ずいぶん早起きですね」

 その顔を見た時、なぜだか胸がつまって泣き出したくなった。

「チ、チャオ、亜美」

 動揺したせいで声が裏返り、妙な挨拶をしてしまう。

「チャオ? どうしたんですか、急に?」

 声を上げて笑われたが、俺はうれしかった。彼女の笑顔が晴れやかで、安心しきっているように見えたからだ。
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