教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
失意の東京
 扉を開けて入ってきた初老の紳士は、私を見るなり目を見開いた。

「これは驚いた。亜美ちゃんじゃないか!」
「お久しぶりです、林おじさま」

 私が丁寧にお辞儀すると、驚いた表情はうれしそうな笑顔に変わった。

「いやあ、何年ぶりかな。すっかりきれいなお嬢さんになって」
「どうもありがとうございます」
「一瞬、若いころに戻ったみたいな気がしたよ。君はよくここで遊んでいたからな」

 林おじさまは大切なお得意様で、私が小さいころから父のテイラーに通ってくれている。

 就職してひとり暮らしを始めてからは会う機会がなかったが、おしゃれで優しくて、大好きなお客様だ。
 背が高くて、少しいかつい顔立ちなので怖そうに見えるけれど、本当はとても優しい方だった。

 おじさまは父の旧友で名前に「林」の文字がつくらしく、いつも「林さん」と呼ばれている。
 そのため私も自然に「りんおじさま」と呼ぶようになった。

「実は私も久しぶりなんですよ。亜美は仕事でしばらく海外に行っていたので」

 父が歩み寄ってきて、「いらっしゃいませ」と頭を下げた。

「ほう、それはすごいな。たいしたもんだ」
「ところで本日は仮縫いでしたね。さっそく始めましょうか」
「こちらこそよろしく」

 最近では兄がメインで仕事をしているが、特に大切なお客様は今でも父が担当する。林おじさまもそのおひとりだ。

 ローマを去って数週間。私はしばらく実家で過ごし、今日から東京に戻ることになっていた。
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