教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 帰国を決めたのは、林太郎さんに抱かれた翌朝のことだ。

 色とりどりの花が咲き乱れていた、あこがれのフェリチタ庭園、セレナータ(セレナーデ)が流れる中、キャンドルが揺らめいていたリストランテ、中世のお城のようだった壮麗なホテル。

 プロポーズされ、林太郎さんと一夜を明かして、あの日の私は確かに世界で一番幸福だと思った。
 彼への想いもはっきり確信できた。

 それでも、いや、だからこそ別離を選択するしかなかったのだ。それも、あえて何も言わずに。
 そうしなければ、彼を困らせてしまうから。

(……林太郎さん)

 少しはにかんだ、男らしい笑顔が脳裏をよぎった。

 はじめこそとまどうことばかりだったけど、林太郎さんは誠実で優しい人だった。
 約束どおりに私を迎えに来てくれたことを、パオラや『イル・スプレンドーレ』の同僚から聞いてもいた。

 そんな彼に連絡もせず、いきなり姿を消すなんて、決して許されないことだったのに――。

(ごめんなさい)

 林太郎さんはどんなに怒っただろう? 今はどうしているのだろう?
 以前のように、スイスで寸暇を惜しんで研究に励んでいるのだろうか?

 私はテイラーのバックヤードでお茶の用意をしながら、唇を噛んだ。

「亜美、お茶を頼むよ」
「あっ」

 店先から父の声がして、私は少し慌てて、急須にお湯を注いだ。
< 82 / 128 >

この作品をシェア

pagetop