好みの彼に弱みを握られていますっ!
「初っ端から上司の言うことを聞いていないと宣言するとか、キミはいい性格をしていますね」

 にこやかな笑顔のままそんな風に言われて、心は絶対笑ってないですよね!?とドギマギする。

「あ、ち、違っ。お、織田(おりた)課長のお話はちゃんとお聞きしてますっ。た、ただ……」

 そこで先日のバーでの一件を言おうとして、いや待てよ?と思い直す。

 だってほら、彼、すごく普通に接してくれてるしっ。
 もしかして……あの日、バーで飲んだくれて彼氏にふられた愚痴を盛大にこぼしていた私と、いま目の前にいる新入社員が、同一人物だとは気付いていないのかも知れない。

 バーの照明、ムーディーで薄暗かったし!

 うん。下手なことを言って墓穴を掘るのはやめておこう。
 ここは素知らぬ顔でスマートに、にこやかに。

()()()()()っ! 今日からこちらでお世話になります、柴田(しばた)春凪(はな)と申します。不束者(ふつつかもの)ですが、よろしくお願いします」

 (つと)めて「初めまして」のところを強調して頭を下げたら、クスッと笑われて。

 ほんの少し距離を詰められてから、
「初めまして? キミはあの夜のことをもう忘れてしまったの?」
 小さくつぶやくようにそう告げられた。
< 22 / 571 >

この作品をシェア

pagetop