好みの彼に弱みを握られていますっ!
 カラン……と、氷がグラスに落とされる乾いた音と、トクトクトク……という琥珀色のトロリとした液体が注がれる音。

 その液体を浴びた途端、グラスの中の氷が微かにきしむような音を立てた。

 僕と明智(あけち)のふたりしかいないからだろう。
 店内はしんと静まり返っていて、日頃聞こえないような微かな音までみんな拾ってしまうんだ。


 まぁ、店をやってない日に無理矢理連絡して開けさせて……こんな風に図々しくも飲ませてもらってる身だ。ウィスキーを1杯奢るのなんてお安い御用だ。

「別に全部僕の奢りで構わないから、遠慮せず何杯でも飲めばいいですよ」

 言いながら、

「まぁ、迷惑料とか(ここ)に来てくれなくなるかも知れないとか……。全くの杞憂だと思いますけどね。僕の勘ですけど、ああいうタイプの子は、あまり冒険をしないものです。だから滅多なことじゃ、行きつけの店、変えたりしないと思います」

 うだうだ言う明智に、不安要素なんてひとつもないでしょう?と僕は反論を試みた。

 そもそも僕はあの子をバー(ここ)で口説く気はないし、恐らくそれは場所をどこに移しても変える気のないスタンスだ。

 恋愛には駆け引きが重要。

 先に好きだと告げた方が、その色恋沙汰においては立場が弱くなると僕は思っている。

 だから彼女のことを好きな気持ちは微塵も感じさせずにあちらに僕を意識させて……ゆくゆくは彼女の方から好きだと言わせたい。

 どんなに好きな相手であろうとも、そこは引きたくないし、それが出来ないようでは父の会社を継ぐなんて無理だとすら、僕は思っているんだ。
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