好みの彼に弱みを握られていますっ!
 織田(おりた)課長が私の方へ近付いていらした瞬間、マリン系の香りがふわりと漂って、ドキッとする。

 この香り、バーでも。
 あの夜のことを想起させられる芳香に、嫌な汗が背中を伝う。

柴田(しばた)さん。あの日は僕の忠告を守ってすぐに解散しましたか?」

 追い討ちをかけるように、ふんわりした人畜無害そうな笑顔に乗せてそう問われた私は、ビクッと身体を震わせた。

 ひぇっ!

 お、覚えていらっしゃるみたいですっ。

「あ、の……いつから」

 私があの夜の痛い子だと気付いていらしたんですか?

 そう問いかけようとして、ふとあの晩彼に言われた意味深な言葉を思い出す。

 ――本当に関係ないといいね。

 そう。確かこの人は「あなたには関係ない」と彼を睨みつけた私に、今みたいに穏やかな笑みを浮かべてそう言い放ったのだ。

 あの時は何のことだかさっぱり意味が分からなかったけれど、あれって……まるで最初から私のこと――。
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