好みの彼に弱みを握られていますっ!
***

 朝の宣言通り、宗親(むねちか)さんは自分も残業をしなかったし、当然のように私にもそれをさせなかった。

『駐車場で待っています』

 宗親さんが私の横を通り過ぎ様、デスクの上に資料と一緒にそんなメモを置いて。
 私はそれを見るなり朝の熱がぶり返すようで、慌てて首を振ってそれを振り払うと、身支度を整えてオフィスを飛び出した。


 エレベーターで同じ箱に乗り込むのは何となく(はばか)られて、そこだけはわざとズラして。

 外に出たら数十メートル先を、駐車場に向けて歩いておられる宗親さんの後ろ姿が見えた。

(あーん、かっこいいっ!)

 とか思っているのと同時に、アレコレを考えてしまいそうな自分を必死で抑えているのは内緒。

 私のご主人様(偽装だけど)は、後ろ姿もキスのテクニックも(あっ、違っ)……とっ、とにかく何もかもが誰よりもイケてます!



 定時を過ぎてすぐだからかな。

 私たちの他にも社を出て駐車場に向かう人たちが幾人も見えて。

(ダメ、ダメっ!)

 私は緩みそうになる頬をペチペチと叩いて、必死に気持ちを引き締めた。

 そんな風に立ち止まってフルフルしている私を、怪訝(けげん)そうな顔をしながら沢山の人が追い抜かしていく。


「柴田さん、お疲れ」

 と、不意に背後から声をかけられて、心の中で「ひえっ」と悲鳴を上げた私は、恥ずかしいくらいビクッと肩を跳ねさせてしまった。
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