好みの彼に弱みを握られていますっ!
***

春凪(はな)、お風呂で倒れたりしていませんか?」


 コンコン、と脱衣所の外からノックがあって、宗親(むねちか)さんの心配そうな声がかかる。

 ここでお返事をしなかったらドアをこじ開けられて、乗り込まれてしまうかもしれない。

 そう思った私は、声を張り上げて答えた。

「だっ、大丈夫ですっ。倒れてません! 元気ハツラツです!」

 オロナミ●Cのキャッチコピーか!と突っ込まれそうなセリフを叫んでいることにも気付けない程度には私、テンパってます。

「でも……もう春凪がお風呂に入ってから三十分以上が経ちましたよ? いい加減出てこないとふやけるでしょう」

「ずっとお湯の中に浸かってるわけじゃないから大丈夫ですぅ〜! ちゃんと【陸地】にいます!」

 洗い場のことを陸地と言ってしまって、しまったと思ったけれど今更訂正するのもおかしいので、しれっとそのままにした。

 でも正直宗親さんのご指摘通り、指先がシナシナになってきている。

「――もう五分だけ待ちます。それまでに上がってこないようでしたら、扉、蹴破りますね?」

 ややして、私と問答をしていてもらちがあかないと思われてしまったのかな。


 宗親さんが、穏やかな声音で穏やかじゃない言葉を投げ掛けていらした。


 私は鏡に映る自分の姿に泣きそうになりながら、とりあえずこの状態で乗り込んで来られるよりは、とお風呂場からは出る覚悟を決めた。
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