好みの彼に弱みを握られていますっ!
「なっ、何もしてませんっ」

 慌てて逃げようと立ち上がった私の手首をギュッと掴んだ宗親(むねちか)さんが、そのまま私の手を引いて腕の中に閉じ込める。

 お風呂上がりの宗親さんからは、石鹸とシャンプーのいい香りがして。

 私はその香りにくらくらしてしまう。


春凪(はな)、キミがお風呂から上がったら、中途半端なままになっている指輪の話、今度こそちゃんと煮詰めようね?」

 そう宗親さんがおっしゃって左手の薬指をなぞっていらして。
 私はぼんやりした頭のまま、「はい」と答えてしまっていた。


 それで今現在リビングで宗親さんとふたり。
 初夜のあれこれで有耶無耶になった話を蒸し返すみたいに、指輪の話になっています。


***


「極端な話、偽装結婚な訳ですし、シルバーリングだって私は満足なんですよぅ」

 言って、カフェオレの入った愛用のナマケモノ柄マグカップをギュッと握って眉根を寄せたら、「偽装だからこそ形式(かたち)が大事なんですよ?」と畳み掛けられてしまった。

 またここでも宗親さんは「形から」。
 婚姻届の提出の時に感じた切なさが胸の奥でチクリとうずく。

 それで自然俯いてしまった私をチラリと見て、宗親さんも悪いと思ったのかな。

春凪(はな)の言いたいことが分からない訳ではありませんよ? ただ、これ以下のものではうちの母が許してくれないんです」

 とどこか困ったように言われてしまっては、渋々ながらもうなずくしかない。

 宗親さんの表情を見て、織田家(おりたけ)柴田家(うち)の格の違いを思えば、「(ごう)に入っては(ごう)に従え」は、〝偽装妻〟として守るべき最低ラインだよねと思い直した私だ。

 それでも、私は言わずにはいられない――。
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