好みの彼に弱みを握られていますっ!
35.やり直そう
 ほたると昼間に会うことが分かっていた今日は、帰りが遅くなってもいいように、前の晩からカレーを煮込んでおいた。

 何とか宗親(むねちか)さんよりは早く帰って来られたものの、今度は宗親さんにほたるの明智(あけち)さんへの恋心が話したくてうずうずしまくりで。


「ただいま」

 宗親さんの帰宅が分かるや否や、私は嬉しくて玄関先まで走り出た。

「お帰りなさいっ!」

 偽装だ、偽装だと思っていた時には宗親さんへの想いがバレたくなくて絶対に出来なかったこと。

 見えない尻尾をぶんぶん振り回しながら、
「ご飯にしますか? お風呂にしますか?」
 ソワソワと宗親さんの反応を(うかが)ったのは、「ご飯って先に言ってくださらないかな?」という期待の表れで。

 なのに宗親さんはスッと目を(すが)めると、「『それとも私?』って聞いてくれないの?」と私の頬を意味深にそっと撫でるの。

「やんっ」

 ついでみたいに耳珠(じしゅ)――顔側の、外耳道の入り口にある小さな出っぱり――をスルッとくすぐるように擦られた私は、思わず小さく吐息を漏らした。
 そこに触れられた瞬間、耳の奥まで届くみたいにガサガサッと音が響いたのが、すぐそばに宗親さんがいるんだって実感させられるみたいで何だかんだすごく照れ臭くて。

 一瞬でぶわりと顔が熱を持ったのが嫌になるぐらいはっきりと分かったから、それを誤魔化すみたいに
「そっ、そんなテンプレみたいにべたな事、言いませんっ」
 って宗親さんをキッと睨みつける。

 途端、宗親(むねちか)さんの両手が伸びてきてギュゥッと腕の中に閉じ込められた。

「べたでも何でも聞いて欲しいな? そしたら僕は迷いなく『キミが欲しい』って即答するのに」

 わざとふぅーっと吐息を耳朶に吹き込まれて、私は「ひゃっ」と小さく声を上げた。

 逃げたいのにしっかり腕の中に捕まえられていて逃げられない。

 このままでは本当に「私」が一番最初に食べられてしまう。

 そう思った私は、何とか彼の腕から逃れようと一生懸命言い募った。

「て、……手も洗ってないのにベタベタ触るのは禁止です!」

 それではまるで、手さえ洗えばお触りし放題ですよ?と言ってるのと同義になってしまうのだけれど、とりあえず現状が打開できれば後はまたその時に!とか思ってしまうあたり、私は基本行き当たりばったりなダメな子で。

「仕方ありませんね。大事な婚約者にバイキンが付いたら大変です。《《とりあえず》》手、洗ってきますね」

 ついでにお風呂も先に、と付け加えようとしたら、「そうだ。ついでにお風呂、一緒に入りませんか?」とか……。

「むっ、無理に決まってます!」

 真っ赤になって宗親さんの腕を振り解いた私に、彼がクスクス笑う。

 う〜。
 私っ。
 ほたるのこと話したくてたまらないのに……宗親さんの馬鹿ぁぁぁ!
< 503 / 571 >

この作品をシェア

pagetop