好みの彼に弱みを握られていますっ!
***
「会いたかったよ、春凪」
腕は緩めてくれたけれど、未だに手首は固く握られたまま。
下手に刺激したらいけない雰囲気に、呼吸は整ってきたというのに私の心臓は苦しいくらいに猛スピードで全身に血を送り続けている。
「今更……何の用?」
一方的な最低の別れから数ヶ月。
卒業間近という肌寒い時期から、日が沈んでからも少し動けば汗ばんでしまうほどに季節だって移行していると言うのに。
その間、一度も音沙汰なんてなかった相手なんだから、そのぐらい聞いてもいいよね?
掴まれたままの手首を気にしながら恐る恐る言ったら、「俺、会社辞めたんだ」とか、どこか要領を得ない答えが返ってきて、私はますます混乱してしまう。
「今は……どう、してる、の?」
だけど康平の言葉に乗っからないと話が前に進まないというのも、付き合っていた時の経験から何となく分かっていた私は、一旦自分の疑問は横に避けてそう尋ねた。
「貯金を食い潰しながら何とかやってる。けど……とうとう家賃が払えなくなっちまってさ」
アパートを引き払うことになったらしい。
自分もちょっと前に――滞納ではなかったけれど――家を追われたことを思い出した私は、康平のその言葉にほんの少しだけ同情して。
私にはたまたまその時、手を差し伸べて下さる宗親さんが現れたから良かったけれど、そうでなかったら今頃実家に戻らざるを得なくなっていたと思う。
「じゃあ、これからどこに住む予定? 実家に戻るの?」
何気なく聞いたら「お前を頼ろうと思ったのに……何で勝手に引っ越したりしたんだよ」とか、それ、貴方に言う義務ありませんよね?という因縁をつけられた。
「だって……私たちもう……」
「別れたからってサッサとそこで縁切りかよ。冷てぇ女だな」
ギュッと握られたままの右手首に力を込められた私は、痛みに思わず眉根を寄せる。
康平は付き合っていた頃、暴力を振るうような人ではなかったけれど、ちょいちょい暴言で私を傷付けた。
今の彼はどこか普通ではない気がするし、もしかしたら手を上げられる可能性だってないとは言えない、と思って。
「康平、……痛い」
なるべく彼を刺激しないように。
すぐそこは道路とはいえ、そんなに人通りが多い道でもないし、ましてや今私たちがいるのはそこから少し奥に入った建物の隙間だったから。
せめて外の道に出ないと、って気持ちばかりが焦ってしまう。
私を掴んだ康平の手にそっと左手を乗せて抗議したら、「お前、何だよ、その指輪」って今度は左手を掴まれてしまった。
「会いたかったよ、春凪」
腕は緩めてくれたけれど、未だに手首は固く握られたまま。
下手に刺激したらいけない雰囲気に、呼吸は整ってきたというのに私の心臓は苦しいくらいに猛スピードで全身に血を送り続けている。
「今更……何の用?」
一方的な最低の別れから数ヶ月。
卒業間近という肌寒い時期から、日が沈んでからも少し動けば汗ばんでしまうほどに季節だって移行していると言うのに。
その間、一度も音沙汰なんてなかった相手なんだから、そのぐらい聞いてもいいよね?
掴まれたままの手首を気にしながら恐る恐る言ったら、「俺、会社辞めたんだ」とか、どこか要領を得ない答えが返ってきて、私はますます混乱してしまう。
「今は……どう、してる、の?」
だけど康平の言葉に乗っからないと話が前に進まないというのも、付き合っていた時の経験から何となく分かっていた私は、一旦自分の疑問は横に避けてそう尋ねた。
「貯金を食い潰しながら何とかやってる。けど……とうとう家賃が払えなくなっちまってさ」
アパートを引き払うことになったらしい。
自分もちょっと前に――滞納ではなかったけれど――家を追われたことを思い出した私は、康平のその言葉にほんの少しだけ同情して。
私にはたまたまその時、手を差し伸べて下さる宗親さんが現れたから良かったけれど、そうでなかったら今頃実家に戻らざるを得なくなっていたと思う。
「じゃあ、これからどこに住む予定? 実家に戻るの?」
何気なく聞いたら「お前を頼ろうと思ったのに……何で勝手に引っ越したりしたんだよ」とか、それ、貴方に言う義務ありませんよね?という因縁をつけられた。
「だって……私たちもう……」
「別れたからってサッサとそこで縁切りかよ。冷てぇ女だな」
ギュッと握られたままの右手首に力を込められた私は、痛みに思わず眉根を寄せる。
康平は付き合っていた頃、暴力を振るうような人ではなかったけれど、ちょいちょい暴言で私を傷付けた。
今の彼はどこか普通ではない気がするし、もしかしたら手を上げられる可能性だってないとは言えない、と思って。
「康平、……痛い」
なるべく彼を刺激しないように。
すぐそこは道路とはいえ、そんなに人通りが多い道でもないし、ましてや今私たちがいるのはそこから少し奥に入った建物の隙間だったから。
せめて外の道に出ないと、って気持ちばかりが焦ってしまう。
私を掴んだ康平の手にそっと左手を乗せて抗議したら、「お前、何だよ、その指輪」って今度は左手を掴まれてしまった。