好みの彼に弱みを握られていますっ!
(指輪……? 宗親(むねちか)さんからの?)

 康平が睨むように見ている私の左手薬指には、未だに私自身(ひる)んでしまうような(きら)びやかな宝石(ダイヤ)たちが惜しみなく使われた、手の込んだ装飾の婚約指輪が光っている。
 それが、康平に見えないわけがなかった。――というより、宗親さんの中では目立ってなんぼ、みたいな狙いさえある指輪なのだから見えて当然だ。

 グイッと左手を掴み上げられて上方に引き上げられた私は、康平との二〇センチ以上の身長差も相まって、まるで釣り上げられた魚みたいになって。

 さっき右手を掴まれていた時の痛みなんて比にならないぐらい力任せに握られた手首に激痛が走った私は、泣きたくなんてないのに目端に涙を滲ませてしまう。

「こうちゃっ、痛いっ」

 つま先立ちで一生懸命康平の胸元をバシバシ叩くけれど、彼はそんなの全然意に介した風ではなくて。

「俺と別れてそんなに経ってねぇのに何でこんなん付けてんだよ。春凪(はな)、お前、もしかしてずっと二股かけてたのか?」

 だからあんなにアッサリ俺との別れを受け入れたんだな、とか手前勝手なことを言われて身体を乱暴に揺さぶられた私は、何でそんなことを言われなきゃいけないの?と、悲しくなって康平を睨みつけた。

(私、付き合っていた頃は全身全霊で貴方に尽くしたよ?)

 そう思ったら情けなくて堪らなくなる。

「俺、お前を信じてたのに最低だな」

(最低なのはどっち?)

 思ったけれど、それを言うのも億劫(おっくう)なくらい、康平とは話す価値もないと思ってしまった。

 そんな私を置き去りに、康平が
「けど、まぁいいや。《《これ》》で全部チャラにしてやるよ」
 言って、私の左手薬指から指輪を抜き取るから、一気に血の気が引くのを感じた。

「返して!」

 それは宗親(むねちか)さんが私にくれた大事なものなの!

 そう思うのに、康平は私の指輪を高く掲げて意地悪くニヤリと笑って。

「こんな高そうなモン、失くしたとなったら婚約破棄かもな?」

 宗親さんはきっと、そうなったとしても私を見限ったりはなさらない。
 そう思うのに、心のどこかで「でも」と思う自分もいて怖くなる。

 何より、宗親さんから頂いた大切なリングを奪われるなんて我慢できなかった。

「まあ、さ。婚約解消されたら俺が結婚してやるから。行き遅れる心配だけはしなくていいぞ?」

 必死に指輪を取り返そうと飛び跳ねる私を突き飛ばして、康平がとんでもないことを言う。

「何で今更そんなこと……」

 怒りに震える声でそう言ったら、「お前の実家、男が権力持てるんだろ? 最高じゃん!」って……この人は一体何を言っているの?
< 511 / 571 >

この作品をシェア

pagetop