好みの彼に弱みを握られていますっ!
「少し……沁みますよ?」

 宗親(むねちか)さんは私を立ち水栓そばの水栓パンの中に立たせると、ご自分の肩に手を添えるように仰ってから、オープントウのサンダルを脱がせてくださる。

 そうして水道の蛇口をひねると、痛くないように、という配慮からかな。
 勢いよくジャーッと流れ出た流水を調整して弱めると、「冷たいけど我慢してくださいね」と言って傷口に水を当てた。

 水に触れてすぐは確かに冷たいって思ったけれど、夏だしそんなに辛くない。


 感覚が麻痺しているお陰かな。
 沁みるって言われたけれど、全然痛くなくて。

(血まみれで汚いな)
 とか
(鉄臭いな)
 とかどうでもいいことばかりが頭の中をグルグルした。

「ごめんね、春凪(はな)。砂が落ちないので少しこすりますね」

 言われて宗親さんの手が、私の傷口に優しく触れて。

「――っ」

 さすがに傷口に触れられた時はほんの少し痛かったけれど、我慢できないほどじゃない。

 宗親さんはスマホのライトで私の傷口を照らすと、「綺麗になったかな」とつぶやいて。

 同じようにもう片方の足も、丁寧に洗ってくださった。

「足拭きますよ?」

 私を連れ出してくれた時にあらかじめ一緒に持ち出していたのかな。

 真っ白な真新しいタオルで傷口を避けるように丁寧に水気を拭き取ってくださると、宗親さんがもう一度私を抱き上げる。

「まだ、血が滲んできてますし、中でちゃんと止血しましょう」

(ああ、この人はいつも卒なく物事をこなすな……)

 泣きすぎてぼんやりした頭で、宗親(むねちか)さんが私を連れ出す際、濡れた足を拭くタオルまで準備してくださっていたことに感心してしまう。


「最近はね、消毒液は使わないんだそうです」

 私の傷口を、スチールラックから取り出した真新しいタオルで押さえて止血すると、同じ棚の違う段からラップを引っ張り出してゆっくりと傷口に当てる。

「ゴワゴワして痛いかもしれないですが、少しの間辛抱してくださいね」

 言いながら当てたラップの四辺をテープで密閉するみたいに綺麗に留めて。

「傷口にはガーゼを当てたりせず、こんな風にラップで保護する方が治りが早いし綺麗に治るんだそうです。家に帰ったらちゃんとした傷口用の湿潤パッドに貼り替えましょうね」 

 建設業という仕事柄、怪我をする人も少なくないからと、宗親さんはそういう知識も普段からしっかり学ぶようにしておられるらしい。

 私は、指輪を奪われてしまったのにちっとも責めていらっしゃらない宗親さんに、段々不安になって。

 さっきまであんなに怒っていらしたのにまるでそれを押し隠すみたいに傷の手当ての事ばかり仰るのも気になった。
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